3月11日の東日本大震災は横浜中華街にも被害をもたらした。厨房にあるレンジなどが吹っ飛び、冷蔵庫が転倒した料理店もあった。それ以上に大きな影響は、中華街から大勢の中国人たちが姿を消したことだ。余震と原発事故の放射能を恐れた彼らが一斉に帰国したためである。震災後、休業を余儀なくされた中華料理店は十数件に上る。固く閉ざされたシャッターには、「地震の影響のため、暫くの間営業停止をします」と書かれた紙が貼り出されていた。それでも5月の大型連休前には、再び彼らが横浜中華街に戻ってきた。本稿の取材で筆者が横浜中華街を訪れた8月上旬ごろには、夕暮れ時になると、夏休みだということもあってか人通りも多く、今ではほとんど震災前の活気を取り戻しつつあるようだった。 震災でいったん帰国していたのは、1978年に始まった中国の開放改革路線以降に移民した「新華僑」が経営する店で雇われている中国人たちだった。いま横浜中
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