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brainとlifeに関するume-yのブックマーク (2)

  • ロボットに脳を移植する人造人間プロジェクト、計画は着々と進行中(ロシア発)

    昨年、ロボットに人間の脳を移植し不死化する人造人間プロジェクトが発足したという記事を紹介したかと思うが、その続編である。32歳のドミトリー・イツコーフが前回言っていた「ホログラムの身体に人間の意識をアップロードさせる」というあの野望は実現に向け一歩ずつ近づきつつある。 そのタイムリミットは2045年。あと32年後、イツコーフは体を捨て、アバターの中で生き続けることとなる。彼の”2045プロジェクト”は、人類の進化における次のステップと称され、20,000人以上の人々がFacebook上でその成り行きを見守っており、世界規模の会議ではそのために必要な技術を開拓するプランを立てている。 イツコーフ率いるその財団はすでに完全なホログラフィック人間を得るためのタイムラインを打ち出していて、2015年までにコンピュータの中に意識をアップロードする準備が整うと断言している。 この画像を大きなサイズで見

    ロボットに脳を移植する人造人間プロジェクト、計画は着々と進行中(ロシア発)
  • 私はロボットであるという私の意識 - finalventの日記

    これは昔からある。 離人症的な場合は感覚が離れるので、それとは違う。 ぼーっとしていると、思考が勝手に動いているのがわかる。あるいは注意のある状態において思考が分離する。あ、コンピューター室が動いている、おまえら何やってんの、という感じだ。 常態においては思考と意識は不可分であるかのように感じられ、私の意識があたかもここにあるように感じられる。 ま、しかし、私の意識は私というロボットなのだろう。 私の胃腸が消化器官であるように、私の脳は思考器官なのだろう。 私という情感は内臓的に発生している。なので、そのあたりの実在の感覚は思考器官とは分離されているし、およそ欲望というのは、思考器官の外部からくる。あれだ、おおっ、その欲望を俺は受諾するのか的。 ま、それはさておき。 意識と思考において、思考はおそらく思考機関の来的な機能ではなく、時間=記憶の装置だったのだろう。過去を保持し未来に防衛する

    私はロボットであるという私の意識 - finalventの日記
    ume-y
    ume-y 2007/02/05
    「意識と思考において、思考はおそらく思考機関の本来的な機能ではなく、時間=記憶の装置だったのだろう。過去を保持し未来に防衛する防衛装置であり、それが大枠において、死=未来への防衛となったのでは」
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