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ブックマーク / courrier.jp (22)

  • かつてKCIAの“拷問部屋”があった韓国のホステル 「悲鳴が廊下にこだました…」 | ソウルの観光客が知らないおぞましい歴史

    ソウルのユースホステルには「立ち入り禁止」の地下がある。独裁政権時代にスパイ機関KCIAの拷問部屋として使われた場所だからだ。しかし、いまここに宿泊する観光客はその恐ろしい歴史を知らない。 韓国の過去と現在を象徴 ソウル中心部にあるこのホステルには、魅力がたくさんある。 客室はこぎれいで、予算に限りのあるK-POPファンや、休暇を過ごす家族連れにも手頃な料金で、広さも充分だ。風光明媚で緑豊かな南山(ナムサン)の麓に建ち、屋上からは街のパノラマを一望できる。 ただ、建物の地下に行くのはお勧めしない──。 春には桜が咲き誇り、登山道が整備された南山は、ソウルの観光客に最も人気のある場所として親しまれてきた。だが少し前までは、「南山に行く」と言えば、別の不吉な意味があった。 戦後の独裁政権時代、その言い回しは、民主化運動の参加者を韓国中央情報部(KCIA)に連行し、尋問することを意味していた。拷

    かつてKCIAの“拷問部屋”があった韓国のホステル 「悲鳴が廊下にこだました…」 | ソウルの観光客が知らないおぞましい歴史
  • 言語学習アプリのトップを独走する「デュオリンゴ」が思い描くパンデミック後の戦略|クーリエ・ジャポン

    迷走? 改悪? 物議を醸した大型アップデート 8月23日、それはトビ・フォンズにとって忘れるはずもない1日となった。夕後、彼は日課になっている言語学習アプリ「デュオリンゴ」でフランス語を勉強しようとスマートフォンを取り出した。よくフランスに行くので、このアプリでフランス語を学べば、現地でクロワッサン・オ・ジャンボン(ハム入りクロワッサン)や生ビールをフランス語で注文できるというわけだ。 「これをください、と指でジェスチャーしなくてもよくなるでしょう」と、50歳のオランダ人でITコンサルタントのトビは言う。 トビは「バベル(Babbel)」や「ブスー(Busuu)」をはじめ、いくつもの言語学習アプリを試してきたが、レッスンの楽しさでデュオリンゴの右に出るものはないという。楽しいので、まったく苦にならないそうだ。トビとマリサは、連続400日以上かけて1つのレッスンを修了した。トビとマリサは

    言語学習アプリのトップを独走する「デュオリンゴ」が思い描くパンデミック後の戦略|クーリエ・ジャポン
  • 「自閉症の息子のためにセックスワーカーを雇ったのは、母親である私です」 | 彼に自信を与えてくれたアンナに感謝したい

    21歳の自閉症の息子をもつ母親が、匿名で英紙に寄稿した。身体的にも性的にも青年になった息子だが、社会的スキルがないために女性との関係を築くのが困難な状況だ。そこで母は決意した。息子のセクシュアリティを健全に導くために、彼の童貞を奪ってくれるセックスワーカーを探すことを──。 3歳で自閉症と診断された 子育ては紆余曲折に満ちているが、病院で生まれたばかりの息子の瞳を見つめていた21年前、まさかのちにこの子の童貞を奪ってもらう女性を探すことになるとは夢にも思っていなかった。 だが今年初め、私はまさにそうしていた。セックスワーカーのサイトを渡り歩いて、息子にふさわしい若い女性を探していたのだ。 息子の視線が遠くにあることに気づいたのは、産科病棟から退院してほどなくだった。そして3歳の誕生日を迎えた数日後、自閉症と診断された。 高校を卒業した息子は今、車の運転と公共交通機関の使い方を学んでいる。し

    「自閉症の息子のためにセックスワーカーを雇ったのは、母親である私です」 | 彼に自信を与えてくれたアンナに感謝したい
  • 強制収容所でアンネ・フランクを助けるため、親友がとった「大胆な行動」─涙の再会とそれからの人生 | 親友ハンナが語る、アンネが亡くなる直前の記憶

    ついにハンナも収容所へ ホースラル家はフランク家とは異なり、潜伏できるようなつてがなかった。アンネたち一家が隠れ家生活を始めてから1年も経たぬ頃、アムステルダムの街からユダヤ人を一掃した悪名高きユダヤ人狩りの際に、ホースラル家のもとにもナチの兵士がやってきた。 それ以前に、一家は母ルートが娘を死産した2日後に41歳で亡くなるという悲劇にも見舞われていた。「それは私たちの家で起きました」とピック=ホースラルは言う。「ユダヤ人の医者と助産婦に来てもらっていましたが、母は心臓に何か異常があったのかもしれません」 オランダのヴェステルボルク通過収容所で何ヵ月か過ごした後、ハンナと父ハンス、妹ガビ、それに母方の祖父母はベルゲン・ベルゼン強制収容所に移送された。一家はそこでアルバッラ収容区という、収容所のなかでも比較的ましな区画に入れられ、ドイツ人の戦争捕虜との交換要員として温存された(が、この交換が

    強制収容所でアンネ・フランクを助けるため、親友がとった「大胆な行動」─涙の再会とそれからの人生 | 親友ハンナが語る、アンネが亡くなる直前の記憶
  • 英国王室が「ロンドン橋が落ちた」と発したとき、それは女王の崩御を意味する | 【英紙の調査報道】エリザベス女王の「Xデイ」はこうなる

    危篤のとき──モルヒネとコカイン投与も エリザベス女王が崩御した日の計画が、着々と準備されている。この計画は何度も改訂されており、王室、英国政府、BBCが保有しているが、基的には女王陛下が短期間の闘病後に亡くなることを想定したものである。 女王の最期を看取るのは、家族と医師たちだ。クイーン・マザー(王太后)が2002年3月30日の午後、ウィンザーにあるロイヤルロッジで亡くなったときは、友人に最期の電話をかけ、所有していた馬の一部を譲るだけの時間があった。 女王の最期の数時間を取り仕切るのは、主治医で胃腸科専門医でもあるヒュー・トーマス医師だ。女王を看取り、入室に制限をかけ、どの情報を公開するか判断する。 ここで、王室から声明が出されるだろう。ヴィクトリア女王の主治医であったジェイムズ・リード氏は、1901年、同女王崩御の2日前に「女王陛下は予断を許さない容態にあり、かなり衰弱しておられま

    英国王室が「ロンドン橋が落ちた」と発したとき、それは女王の崩御を意味する | 【英紙の調査報道】エリザベス女王の「Xデイ」はこうなる
  • 合同結婚式には小銃を持参せよ─統一教会、文鮮明の息子は語りかける | Locked and Loaded for the Lord

    統一教会教祖・文鮮明の息子の教会 ニューファウンドランド村は、米国のペンシルベニア州の都市スクラントンの南東約40㎞に位置する。 この村の田舎道沿いにひっそりと佇むのが「サンクチュアリ教会」だ。教会の正式名称は「世界平和統一聖殿」だが、「鉄の杖ミニストリー」というもっと勇ましい別称もある。 その礼拝堂は屋根の低い平屋建てで、以前は聖アントニオ・カトリック教会が利用していたが、その前は村の劇場だった。会衆席がないのはそれが理由だ。かつての劇場の舞台がいまは祭壇となり、その祭壇を半円状に囲んで段状に信者用の椅子が並べられている。 2018年2月25日の日曜日の朝、この教会の38歳の牧師ショーン・ムーン(文亨進)が白のフード付きのパーカーにカーゴパンツという服装で舞台下手から現れた。ショーンは統一教会の教祖・故文鮮明の息子だ。ショーンは革のヘッドバンドを装着してからマイクを握った。 「オーケー、

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  • 奴隷として私に仕えた彼女の人生に「幸せ」はあったのか | ピュリッツァー賞作家、衝撃の絶筆

    母と私は、夜通し口げんかした。2人とも泣きじゃくった。 母は、みんなを支えるために身を粉にして働くのに疲れ切っているし、いつも子供たちがロラに味方するのにうんざりしているし、ロラなんてどこかへやってしまえばいいじゃないか、そもそも欲しくなんかなかったし、私のような傲慢で聖人ぶった偽善者なんか産まなければよかった──とまくし立てた。 彼女の言葉を反芻して、私は反撃に出た。 偽善者ならそっちだ。ずっと見せかけの人生を生きているじゃないか。自己憐憫に浸ってばかりだから、ロラの歯が腐ってほとんどべられないことに気づかないんだろ。1度でいいから、自分に仕えるために生きている奴隷ではなく、1人の人間として見てあげたらどうなんだ? 「奴隷って言ったわね」 母はその言葉をかみしめた。 「奴隷ですって?」 母は、ロラとの関係は私には絶対に理解できないと言い放ち、その晩はそれで終わった。 何年も経ったいまで

    奴隷として私に仕えた彼女の人生に「幸せ」はあったのか | ピュリッツァー賞作家、衝撃の絶筆
  • 私の家には奴隷がいた… 罵られ、殴られても、一家に仕え続けたフィリピン女性 | ピュリッツァー賞作家、衝撃の絶筆

    遺灰は、トースターくらいの大きさの箱に収まった。プラスチック製の黒い箱で、重さは1kg半。それをトートバッグに入れてスーツケースにしまい、マニラ行きの飛行機に乗って太平洋を横断したのは2016年7月のことだ。 マニラに降り立つと、車で田舎の村へと向かう。到着したら、私の家で奴隷として56年間を過ごした女性の遺灰を受け渡すことになっている。 彼女の名前は、エウドシア・トマス・プリド。私たちは、彼女を「ロラ」と呼んでいた。背は150cmで、肌はチョコレート色だった。アーモンドの形をしたロラの目が、私の目をのぞきこんでいるのが人生最初の記憶だ。 祖父が私の母にロラを“贈り物”として与えたとき、ロラは18歳だった。そして、家族が米国に移住したとき、彼女も一緒に連れていった。 ロラが送った人生を言い表すのに、「奴隷」という言葉以外には見つからない。彼女の1日は、ほかのみんなが起きる前に始まり、誰もが

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  • 「焼身自殺した果物売り」は国民の嫌われ者に─「アラブの春」から10年、チュニジアの厳しい現実 | 民主化を成し遂げた唯一の国の深い失望

    2010年12月、露店で果物を売っていた26歳の若者は、当局の嫌がらせに抗議して焼身自殺を図った。これがきっかけとなり、チュニジアでは腐敗した長期政権を打倒するため人々が立ち上がり、反政府抗議運動の波はアラブ世界全体に広まった。 しかし、「アラブの春」の発端となり、人々に抗議の火をつけた彼は、今や一部の国民から怒りすら向けられているのだという。 「誇りの象徴」から「呪われたもの」に 絶望のあまり彼がとった行動は、いまだにアラブ世界を揺るがしている。26歳の果物売り、モハメド・ブアジジの焼身自殺は、中東各地で革命の引き金となった。 チュニジアの首都チュニスには、彼の名がつけられた大通りがある。彼が住んでいたシディブジドには、地元政府の部に面したところに、彼を描いた巨大な壁画がある。 彼は国家の腐敗と残忍さに抗議するため、自身に火をつけた。しかし、それから10年が経った今、チュニジアにおいて

    「焼身自殺した果物売り」は国民の嫌われ者に─「アラブの春」から10年、チュニジアの厳しい現実 | 民主化を成し遂げた唯一の国の深い失望
  • アイヌの祭祀「キタキツネのイオマンテ」が現代人に突きつける答えなき問い | 映画『チロンヌプカムイ イオマンテ』北村皆雄監督に聞く

    ──なぜアイヌのイオマンテを撮ろうと思われたのでしょう? 映像を撮ったのは、じつは1986年で、いまから35年前のことです。それまで僕は沖縄の久高島や西表島の神事にまつわる映像を撮っていて、アイヌのほうには目が行っていなかった。 でもどういうわけか、和人ながらアイヌ名を持つ堤大司郞という写真家から、北海道の屈斜路湖畔でキタキツネの霊送りを75年ぶりにやるから撮影しないかという話が来ました。 それがきっかけで、初めてアイヌのことを少し勉強して、撮影させてもらいました。いずれ格的な映画を作ろうと思いつつ、結局35年も放っていたんですが……。 いまになって映画にした理由は、ふたつあります。ひとつは、民俗資料としても貴重なこの映像記録をなんとしても世に出さねばと思ったからです。 イオマンテを執り行ったのが、当時75歳だった日川善次郎エカシです。この儀礼は当時ですらできる人がほとんどいなかった。そ

    アイヌの祭祀「キタキツネのイオマンテ」が現代人に突きつける答えなき問い | 映画『チロンヌプカムイ イオマンテ』北村皆雄監督に聞く
  • 古代ギリシャ・ローマ「売春」ビジネスの暗い側面 | 奴隷を性的に搾取する大きなシステムの一部

    娼婦を表すのに古代人たちが使っていた語彙を挙げてみると、まるでラップみたいになる。「地たたき」「通り歩き」「1オボル」「銭娼婦」「汚れたもの」など、言われてもまったく嬉しくない呼び名だ。 こうした言葉には、娼婦と客の関係の即物的な性質や、娼婦の安さと使いやすさ、そしてもちろん彼女たちへの軽蔑が反映されていると説明するのは、カナダのブロック大学のアリソン・グレーズブルック教授だ。先述のサラ・レビン・リチャードソンと同じくこの分野の第一人者のひとりだ。 高級娼婦(メガロミストイ)も存在してはいたが、少数派だった。 古代ギリシャで、美しく、教養もあり、機知に富んだ「ヘタイライ」が話題の中心を占めていたのはたしかだ。頭脳も才能も一般的なアテネ人女性を凌駕するまでに高めた、卓越した「女性コンパニオンたち」のことだ。 だが、これにはあの思慮深き著述家プルタルコスも我慢ならなくなって、ヘタイラ(単数形)

    古代ギリシャ・ローマ「売春」ビジネスの暗い側面 | 奴隷を性的に搾取する大きなシステムの一部
  • チェルノブイリの元“清掃員”「原発の内部は奇妙なほど美しかったが…」 | 放射能の恐怖とソ連の闇を語る

    チェルノブイリの原子炉の前に立つ除染作業員 Photo: Igor Kostin / Sygma via Getty Images 1986年4月26日にウクライナ北部のチェルノブイリ原子力発電所で起きた爆発事故は、周辺地域に甚大な被害をもたらした。この未曾有の人災を大事にしたくなかったソ連政府は事故後、兵士や一般市民を強制的に招集し、瓦礫の撤去や除染の作業に当たらせる。 米HBOの新作ドラマ『チェルノブイリ』の放送によって再び事故が注目を集めるなか、元清掃員のマイケル・フィシュキン氏が「未知の恐怖」と闘った自身の体験をイスラエル紙に語った。

    チェルノブイリの元“清掃員”「原発の内部は奇妙なほど美しかったが…」 | 放射能の恐怖とソ連の闇を語る
  • 首輪と鎖につながれ人身売買・レイプ疑惑も…8人の子を産んだ中国“現代の奴隷”の闇 | 中国ニュース拾い読み

    鉄の首輪をはめられ、犬用の鎖につながれた女性の姿が中国SNSで拡散された。この女性は「徐州八孩母親(徐州市の8児の母)」と呼ばれ、8人もの子を産んだとされている。性的暴行疑惑や人身売買疑惑も囁かれ、中国社会は大きなショックに包まれた。開催中の北京冬季五輪よりも関心を集めている。 地元政府「拉致や人身売買の事実は無い」 1月26日、江蘇省徐州市に属する農村の豊県歓口鎮で悲惨な暮らしをしている女性の姿をネットユーザーが動画に撮って1月28日にSNSにアップし、またたく間に拡散された。 農家で撮られた動画は、夫が屋内で子供たちの着替えや事のサポートをしている一方、は半屋外の老朽化した狭苦しい家畜小屋で、虚ろな表情のまま、鉄の首輪をはめられ、犬用の鎖につながれ拘束されている。 真冬なのに彼女は薄い上着しか羽織っておらず、裸足で、頭髪はボサボサに乱れ、皮膚は黒く薄汚れ、歯は抜けてボロボロだ。放

    首輪と鎖につながれ人身売買・レイプ疑惑も…8人の子を産んだ中国“現代の奴隷”の闇 | 中国ニュース拾い読み
  • #136 「毛沢東の長男はチャーハンを作っていて爆死」…中国共産党が“修正”したい不都合な史実 | 中国ニュース拾い読み 

    7月23日の中国共産党結党100周年(奇しくも東京五輪開会式の日)を前に、中国政府は祝祭ムードの演出に総力を結集している。「中華民族の偉大な復興」を掲げる習近平政権は、不都合な歴史の「修正」にも余念がない。 表舞台から消えた毛沢東の息子たち 中国の人文・社会科学分野におけるナショナルアカデミー、中国社会科学院(CASS)に2019年1月、習近平国家主席肝いりの「中国歴史研究院」が新設された。 中国政府が中国史研究・調査の最高機関に位置付けている機関で、歴史研究の“指導”や、新たな歴史研究計画の策定、主要な国家プロジェクトの監修などが主な責務だ。 既存の研究支援や新たな視点の提示というよりは、中国共産党史観を広め、逆に党にとって望ましくない研究成果や史実を“正しく指導”することに重きを置いているようだ。

    #136 「毛沢東の長男はチャーハンを作っていて爆死」…中国共産党が“修正”したい不都合な史実 | 中国ニュース拾い読み 
  • スウェーデン名門大の学者「世論を気にしない自民党政権にはオリンピックを止める理由がない」 | 政権は国際的な威信のためにオリンピックを開催したい

    オリンピックの中止や延期を求める国民の声が止まない。一方、今年は総選挙が控えているにもかかわらず、政権は開催に向けて突き進んでいる。それには、自民党は世論をそれほど気にせずとも選挙に勝ててしまうからくりがあると、スウェーデン・ルンド大学の日研究者は分析する。 オリンピック開催に断固として反対する世論 日が新型コロナウイルス感染の第4波に見舞われているなか、夏季オリンピック・パラリンピックに対する国内の反発が高まっている。2つの世論調査によると、6割から8割の人がオリンピックの中止または延期を望んでいるとのことだ。非常に多くの記事が、「オリンピックはキャンセルされるのだろうか」というテーマについて議論している。 東京オリンピックが来開催される予定だった昨年もこんな調子だった。オリンピックが開催されないという噂や情報は春からずっと流れていた。国際オリンピック委員会(IOC)と菅義偉首相率

    スウェーデン名門大の学者「世論を気にしない自民党政権にはオリンピックを止める理由がない」 | 政権は国際的な威信のためにオリンピックを開催したい
  • 米兵と結婚した4万5000人の日本人花嫁たちは、その後どんな結末を辿ったか? | 娘が調査した「私の母の真実」

    占領下の日に押し寄せてきた米兵と恋に落ちた日人女性たちは、「戦争花嫁」と呼ばれる。その多くが家を捨て、言葉もわからない米国に渡った。その背景には何があったのか。そして、アイデンティティの喪失と苦闘しながら戦後を生きた女性たちは、何を思っていたか。戦争花嫁の実の娘、キャサリン・トールバートが1年をかけて調査した驚きの実話。 私は彼女のことを美しい人だと思っていた。しかし、なぜ彼女が毎朝眉毛を抜いて、1インチ高く眉を描くのかについては、まったく理解できなかった。 彼女は、日の高校時代はバスケットボール部のキャプテンだった。私たちが住んでいたニューヨーク州北部の小さな町の泥まみれのコートで、彼女は子供たちと一緒になって走り回っていた。 いまでも、この日人女性が「キャッシュ! キャッシュ!」と叫びながら、激しくドリブルする光景を思い浮かべることができる。彼女は「Kath」や「Kathy」を

    米兵と結婚した4万5000人の日本人花嫁たちは、その後どんな結末を辿ったか? | 娘が調査した「私の母の真実」
  • 現代の教養、神の詩「クルアーン」(前編) | 慎泰俊「最強の古典」

    そういったニュースを見るにつけ、私たちはイスラムについて関心を持ちますが、それでもその教えがどういうものなのかを知る人は決して多くはありません。 そこで、今回はこのクルアーンについて書いてみたいと思います。稿はクルアーンの詳細な解説ではありません。この神の詩がいかにして生まれ、どのような趣旨をとっているかについての説明です。 ムハンマドの生涯とともに生まれた「唱える神の言葉」クルアーンは、人間の解放を根底の精神として持っています。 ムハンマドの生涯とクルアーン クルアーンを世に伝えたムハンマドは、西暦570年(正確な数字は定かではありません)にマッカ(メッカ)に生まれたとされています。生まれる半年前に父が死に、6歳の頃に母が死に、その後預かってくれた父方の祖父も8歳のときに死に、結果として親族に預けられ育つことになります。決して豊かな生活をしていたわけではないのですが、25歳のとき、美し

    現代の教養、神の詩「クルアーン」(前編) | 慎泰俊「最強の古典」
  • 【特別インタビュー】NHK“イゾラド”国分ディレクター「アウラがあきらめたこと」 | 【2018年の読者人気 4位】未知の先住民「最後のひとり」を追った「最後のアマゾン取材です」

    「イゾラド」とは「隔絶された人々」という意味のアマゾンの密林に住む謎の先住民族である。そのイゾラドが30年前頃から文明社会の領域に姿を現すようになった。 その姿を追った2016年NHKスペシャル「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」の大反響から2年、その続編「アウラ 未知のイゾラド 最後のひとり」が放映される。 20年間にもわたってイゾラドを追うディレクター国分氏に私たちは聞きたかった。追い続けるのは使命感もあるのか?文明を拒絶する彼らと交流できたのか?未知なるものを解明することに答えはあるのか?

    【特別インタビュー】NHK“イゾラド”国分ディレクター「アウラがあきらめたこと」 | 【2018年の読者人気 4位】未知の先住民「最後のひとり」を追った「最後のアマゾン取材です」
  • 拝啓 伊藤詩織様 | 差出人は25年前の最も有名なレイプ事件の被害者 | クーリエ・ジャポン

    性犯罪の被害者が沈黙せざるを得ない日の社会を変えなければならない──実名も顔も出して自らもレイプに遭ったことを明かしたうえで訴え続ける伊藤詩織に、おそらく誰よりも強く共感している女性がいる。東京都下の小さな町でつましく暮らす44歳の主婦だ。 彼女は長い間封印してきた自らの忌まわしい体験を伝えようと、伊藤に長い、長い手紙をしたためた。伊藤に、そして一人でも多くの人に伝えたい、どうしても伝えなければいけないと思うことがあるからだ。 拝啓 伊藤詩織様 テレビやウェブマガジンなどであなたの身に起きた出来事を知り、ご著書『ブラックボックス』やクーリエ・ジャポンの特集「性暴力はなぜ起こる」も拝読しました。堂々とお顔もお名前も出して闘っているあなたに、匿名でお手紙を出す失礼をどうかお許しください。 Me too. 私も性犯罪の被害者です。今から25年も前のことになりますが、ローマで日人の女子大生6人

    拝啓 伊藤詩織様 | 差出人は25年前の最も有名なレイプ事件の被害者 | クーリエ・ジャポン
    amanoiwato
    amanoiwato 2018/12/07
    同じ女として、という言い方はあまり好ましくないだろうがそれでも一女性として勇気ある真摯な告白をしてくれたことに心からお礼を言いたいです。ところで杉田水脈は本気でくたばれ。
  • 専門家が証明! ベーコンは静かに身体を蝕む“殺人鬼”だった | あなたはそれでも、食べ続けますか?

    「身体に悪い」と思いながらも、カリカリでジューシーなベーコンの美味しさを断ち切るのは難しい、という人は多いだろう。加工肉をべ続けることは、当に「命の危険」に関わるのか? 英紙記者による長編ルポを前後編でお届けする。 ある小さなカフェの常連だった時期がある。その店のベーコンサンドイッチが、よそとは一線を画す絶妙な美味しさだったのだ。パンとベーコンとソースだけの無駄のない一品を頬張るのは、面倒なことを一切合切忘れて、快楽に浸れる瞬間だった。 ところがある日、突然、このベーコンサンドをべることが、さほど楽しいものでなくなってしまった。というのも2015年10月、「ベーコンはがんの原因になることが実証された」という報道が駆け巡ったのだ。 米誌「ワイアード」の記者は「インターネットを何よりも炎上させるのは『ベーコン』と『がん』という2単語の組み合わせなのかもしれない」と書いた。BBCはウェブサ

    専門家が証明! ベーコンは静かに身体を蝕む“殺人鬼”だった | あなたはそれでも、食べ続けますか?