『文学界』7月号家族の中で最初に風呂に入るのは誰か。仕事から帰った父親が一番風呂を浴びると、祖父母や子供たちがこれに続き、夜が更けてからようやく家事を終えた母親が家族の脂と髪の毛が浮いた湯船につかる-。都会に住む勤め人の核家族世帯はともかく、地方の自営業者の3世代世帯では、つい30年ほど前まではさほど珍しくなかった光景だ。 古川真人『風呂の順番』(文学界)は、年の瀬に母親・大村美穂の生家がある長崎の島に帰省した5人家族の一夜の会話劇と回想を軸に展開する。
生誕100年に合わせて安部公房特集を組んだ雑誌と、文庫の新作小説『砂の女』などで知られ、海外でも高く評価された作家で劇作家の安部公房(1924~93年)。生誕100年の節目となる今年は読書会などのイベントも盛況で、関連書籍の刊行も相次ぐ。伝統的リアリズムを脱するシュール(超現実的)な作風で、「前衛的」「無国籍的」とも称されてきた不条理文学の今日性に光が当たっている。 30人集い読書会「細部は非常にリアルなのに、全体を見ると非現実的なのが面白い」「『逃げられない恐怖』を強く感じた」…。3月末、安部公房が30代半ばからの日々を過ごした東京都調布市。京王線仙川駅近くのコミュニティースペースに約30人が集い、『砂の女』を読んだ感想を語り合っていた。有志らでつくる「仙川安部公房生誕100周年祭実行委員会」が開いた読書会の一コマだ。
書店が苦境に立たされている。娯楽の多様化やインターネット通販の伸長、電子書籍の一般化などを背景に店舗数は減少を続け、日本出版インフラセンターの調べでは、平成16年度に全国で1万9920店あった書店は、令和5年度には1万927店まで減った。〝知の集積地〟ともいえる書店をいかに残していくか―。都内で長らく営業を続け、文化的基盤として地域を支える「非チェーン系」書店に、現状と生き残りの秘訣(ひけつ)を聞いた。 〝ニッチ〟で差別化本の街として知られる神田神保町。1890(明治23)年創業の老舗、東京堂書店は、3フロアの売り場に幅広いジャンルの書籍がそろい、特に人文書や文芸書のラインアップには定評がある中型店だ。 注力するのは、細かな需要を拾い上げること。各ジャンルで担当者が分かれているが、それぞれが出版社や著者と独自に交渉し、発行部数の少ないものでも必要であれば仕入れることを重要視している。「その
東京大学名誉教授の平川祐弘氏人格形成人格主義とか教養主義とかが、大正デモクラシー以後の日本の高等教育界には深く浸透していた。若者に、自己による自己形成が説かれたのである。戦後、旧制高校に入学してその伝統に接し、新鮮な感じで実に嬉(うれ)しかった。自我の確立を説く河合栄治郎を私は愛読した。安倍能成(よししげ)、天野貞祐など戦中・戦後の一高校長の訓辞は皇国主義教育とはまるで違う。「人格のピラミッドを形成せよ」と言われた時は、同感しつつも、「ピラミッドよりも富士山のような人格がいいな」とつぶやいた。 敗戦直後、夕刻に学校から帰る道すがら、一面の焼跡の彼方(かなた)に富士山が見えた。日本は負けても滅びず続いていく。そう感じた。ただ中学生で敗戦を体験した私は、旧来の皇国至上主義では駄目だ、自分は二本足の一本は日本に据えるが、他の一本は外国に据えたい、と思った。日本人であるだけでは不十分だ、「日本より
クラシック音楽界の世界的指揮者で、第23回高松宮殿下記念世界文化賞受賞者の小澤征爾(おざわ・せいじ)さんが6日、心不全のため東京都内で死去した。88歳。葬儀は近親者で執り行った。後日、お別れの会を開くことを検討している。 昭和10年、旧満州国奉天(現・中国瀋陽市)生まれ。幼いころからピアノを学び、桐朋学園で指揮者の斎藤秀雄に学んだ。34年、23歳で渡欧。若手指揮者の登竜門、仏ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝し、カラヤンやバーンスタインら巨匠の薫陶を受けた。 その後、ニューヨーク・フィルハーモニック副指揮者、トロント交響楽団音楽監督などを歴任。1973(昭和48)年に米国の5大オーケストラの一つ、ボストン交響楽団の音楽監督に就任し、2002(平成14)年まで29年間務め、その名を世界に広めた。 同年、オペラの最高峰であるウィーン国立歌劇場の音楽監督に東洋人として初めて就任、10(同22)
恒例の読書週間が始まった。 読書の秋は、行楽シーズンとも重なる。新型コロナウイルス禍での「巣ごもり需要」が終息し、本の売れ行きは減少傾向だ。そんな今だからこそ読書文化興隆を図りたい。本は心を豊かにする。 出版科学研究所によると、令和4年の出版市場(紙と電子版の合計)の推定販売金額は、前年比2・6%減の1兆6305億円だった。平成30年以来、4年ぶりに前年を下回った。 内訳は紙の6・5%減に対し電子版は7・5%増だったが、前年までの2桁増からは急激に鈍化した。電子版の市場占有率は3割を超えたものの、これまでのように紙の落ち込みを補うことはできなかった。新型コロナ禍での〝特需〟が終わったのは明らかだ。 さらに物価高の影響も見逃せない。紙代や印刷代、配送コストの増大などで本の値段が上昇している。特に廉価で庶民の味方だった文庫本は深刻だ。 書店を歩いてみるといい。近年、文庫本の平均価格は税込みでは
小津安二郎松阪記念館では再現した映画看板も展示されている=三重県松阪市「アベ政治を許さない」「保育園落ちた日本死ね」-。毎年恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた過去の言葉の中には思わず眉をひそめるような内容もあった。当時の首相を呼び捨てにしたり、乱暴な言葉を使ったりしていて品がない。選考委員の見識を疑ったものだった。 《現実を、その通りにとり上げて、それで穢(きたな)いものが穢らしく感じられることは好ましくない。映画では、それが美しくとり上げられなくてはならない》(松竹=編『小津安二郎 新発見』)。名作『東京物語』などで知られる日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)の言葉である。流行には興味がなかったらしい小津だが、もしも選考委員だったとしたら、冒頭に挙げた言葉は「好ましくない」と思って採用しなかったかもしれない。
令和2年4月に初めて緊急事態宣言が出たことを受け、休場した「なんばグランド花月」。お笑いの殿堂から、人々の笑い声が消えた=令和2年4月11日、大阪市中央区(渡辺恭晃撮影)5月に新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが2類相当から5類になった。マスクをしている人も徐々に減る中で、コロナ禍が始まった頃の忘れてはいけない記憶が、こぼれ落ちていきそうな感覚を抱いている。 思い返せば感染拡大が始まった3年前の春以降、各地の劇場は休館と再開の繰り返しを余儀なくされた。不要不急という言葉を前に、音楽や演劇、伝統芸能、お笑い、落語などが上演機会を失う姿を数多く目の当たりにした。感染拡大を防ぐため必要な措置だったとは思う。 しかし、そもそも劇場は不要不急の存在なのか-。街の情景が以前の姿に戻りつつある今、改めて取材で掬(すく)った劇場に生きる人々の言葉を顧みながら、その問いへの答えを見つけてみようと思う。
先月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の余韻が今も残っている。準決勝、決勝は特にドラマチックで、漫画のような展開だった。日本勢が世界の舞台で示した〝強さ〟は野球ファンを増やし、そこから将来のスターが生まれるかもしれない。世界展開と裾野拡大―。漫画業界にも重なる部分がある。 侍(さむらい)ジャパンと同様、今の漫画市場には勢いがある。出版科学研究所によると、紙と電子版を合わせた昨年の推定販売金額は前年比0・2%増の6770億円。5年連続の成長で、過去最大を更新した。 海外でも日本漫画は存在感を高めており、大手出版社の海外展開も相次ぐ。集英社の海外限定の漫画配信サービス「MANGA Plus by SHUEISHA」は、月間利用者数約600万人に成長。昨年、米国での漫画売り上げ記録を更新した講談社も来月、米国向けの「K MANGA」を開始し、人気作などの日米同時公開を行う。 WBCで
《とぅーぬむかし(遠い昔)、あがりぬ(東の)おいちゅが(長者が)…》 歌うように語られる南の島の言葉は、意味が分からなくてもやさしく、どこか懐かしい。近年テレビなどで耳にする機会が増えたからだろうか。 これは、鹿児島県・奄美群島の沖永良部島に古くから伝わる昔話を方言で作った絵本『塩一升の運』(再話‥松村雪枝・田中美保子、絵‥山本史、ことばの解説‥横山晶子)の冒頭。 目で追うだけでなく声に出して読んでみるとまた味わい深い。発音が難しいけれど…。 何もしなければ絵本は琉球諸語の継承保存をめざして活動する「言語復興の港」(代表・山田真寛国立国語研究所准教授)が企画。3年前にクラウドファンディングで資金を集め、多様な島の言葉で4種の絵本を制作した。 琉球諸語とは、沖縄県と奄美群島で使われてきた方言の総称。物語は、浜辺で島の長者がうたた寝をしていると神様たちの話し声が聞こえてきて、生まれた赤ん坊に運
装いで性の境界を超える「異性装」に関心が寄せられている。昨年には東京の公立美術館で異性装をテーマにした展覧会が開かれ、それに続くように『異性装 歴史の中の性の越境者たち』(中根千絵ほか著、インターナショナル新書・1023円)が出版された。 男女のきょうだいが入れ替わる中世の物語『とりかへばや物語』、歌舞伎の女形が男性役として女装する演目『三人吉三』、男装のヒロインが活躍するシェークスピアの戯曲『ヴェニスの商人』など、物語や演劇に描かれた異性装に着目。古典文学の研究者8人が、そこに込められた意味や社会背景を読み解いている。 古典を出発点に漫画やアニメ、ライトノベルなど現代の創作物にも範囲を広げて影響関係を考察した。思えば、新海誠監督の大ヒットアニメ映画『君の名は。』も、『とりかへばや物語』に通じる男女入れ替わりの物語。また、『ベルサイユのばら』のオスカルのように、登場人物が男装・女装するスト
【読売新聞】前回コラムはこちら>> 編集委員 清水美明 また同じフレーズを繰り返してしまうが、もうろくしたせいではない。判で押したように戦争や戦後を取り上げる「8月ジャーナリズム」と同様、震災の「3月ジャーナリズム」は あ ( 、
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