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ブックマーク / arisan-2.hatenadiary.org (113)

  • あるべき図書館(公共施設)とは - Arisanのノート

    『葉っぱの「歩行と記憶」』さんで、「図書館を考える」というテーマで、しばらくエントリーを固定されるそうです。 http://d.hatena.ne.jp/kuriyamakouji/20080608/p1 じつはぼくも、図書館業界で働いてたことがあるので、何かを書きたいのですが、具体的な提案のようなことは書けません。 色々思うことはあるのですが、ここではポイントと思うことをひとつだけ書いておきたいと思います。 とくに都市部の図書館の場合、ホームレス的な人がずっと居ついて困る、という悩みや苦情が、必ずあります。 このことが、「誰もが居心地のいい場所」としての図書館ということや、「を落ち着いて読める場所」という機能とは、矛盾することとして語られるわけです。 しかし、そもそもそういう人がなぜそこに来るかというと、他に居られる場所がないからです。真夏の炎熱や真冬の寒さをとりあえず避けて身を休める

    あるべき図書館(公共施設)とは - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/05/09
    「「誰もが心地よく利用できる場所」という場合の、「誰も」という言葉の内実を、もっとも排除されやすい人たちに置いて考える必要があるだろうと思います」
  • 「右翼の暴力」 - Arisanのノート

    先日書いた映画『NAKBA』のなかで、こういう場面があった。 http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20080501/p1 48年のいわゆる「ナクバ」の際にある村で起きた大規模な村人の虐殺事件について、「虐殺を行ったのは、ユダヤ右派民兵組織で、イスラエル正規軍は関与してない」という言い回しをする証言者が出てくるのである。 このような言い方は、この村での出来事に限らず、当時起きた蛮行を語る際に、イスラエルでは一種の定説のようになってるものらしい。 映画のなかで、有名な歴史家のイラン・パペ氏は、言下にこうした俗説を否定し、「実際は、正規軍も、右派民兵組織も、虐殺を行ったのだ」と述べていた。 このくだりを見ていて、やはり先日書いたNHKの済州島4・3事件の番組のなかにも出てきた、「西北青年団」のことを思い出した。 西北青年団というのは、朝鮮半島西北部出身の青年たちが韓国で作っ

    「右翼の暴力」 - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/05/04
  • 『苦海浄土』 - Arisanのノート

    やっと読了。 新装版 苦海浄土 (講談社文庫) 作者: 石牟礼道子出版社/メーカー: 講談社発売日: 2004/07/15メディア: 文庫購入: 9人 クリック: 175回この商品を含むブログ (71件) を見るこの滅茶苦茶有名な作品を読むのも初めてだし、水俣病とその患者さんたちのことについても、水俣の運動の経緯についても、詳しいことを何も知らなかった。 それで、まだ読んでいないという人には、ぜひ読むことをすすめたい。 この作品については、議論されるべきことは山ほどあり、そういう山のような議論がすでに積み重ねられてきただろうが、それでも今なおこのは、色々な意味で必読であると思う。 巻末に付された解説で、渡辺京二は、この作品が「聞き書き」ではなく、「ルポルタージュ」でさえないことを強調している。 読んでいると、そのことは段々分かってくる。 そのことをどう考えるかは、難しい問題である。なにし

    『苦海浄土』 - Arisanのノート
  • 過去を乗り越えられない国 - Arisanのノート

    李明博大統領が来日しているが、彼は就任前、日に謝罪や反省を要求しない、という趣旨の発言をした。 http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=95058&servcode=200§code=200 この発言は、韓国国内では物議をかもしたようだが、日に対するこうしたスタンスは、基的には金大中政権以後変わっていないと言えるだろう。 「要求しない」ということは、「要求できること、要求するべきことがあるが、それをしない」ということである。 謝罪や反省するべきこと、言い換えれば清算するべき過去の問題が存在しないという考えなら、端的にそう言うだろう。 「要求するべきこと」があるのに「要求しない」ということは、それほど経済面での交流や、両国の国民感情などの部分での改善が進むことを望んでいる、というメッセージだ。 決して、「忘れた」とか「水に流す

    過去を乗り越えられない国 - Arisanのノート
  • 公正さという欺瞞 - Arisanのノート

    大阪府の橋下知事の指示によって検討・提出されたいわゆるPT案というものだが、(NHKほかの報道によると)もっとも一般の府民からの反対が強いと言われているのが、警察官500人を削減するというものだそうである。 たとえば特定の施設を廃止するとかいうことだと、ほとんどの人は「わが身のこと」ではないと思うから、「削減していかないと府が財政破綻して、大変なことになりますよ」と説得され(脅かされ)たり、「公務員は給料をもらいすぎだし、守られすぎだよな」という不満が漠然とあったり、「よくテレビで見る橋下さんは、若いのに頑張ってるよなあ」という気軽な感覚があったりすると、それらが入り交じって、「みんなで痛みを分け合うことはやむをえない」という「改革支持」の考えに同調し、「橋下改革を応援する」という気持ちになるのだろうが、自分の身に関わるかもしれない「治安」をめぐることとなると、ちょっと話が違うということに

    公正さという欺瞞 - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/04/30
  • 「聖火」雑感 - Arisanのノート

    今朝(25日)の毎日新聞「オピニオン」面の「論点」というところに、「聖火にみるオリンピックの現在」と題して、「オリンピック評論家」の伊藤公、「国境なき記者団」事務局長のロベール・メナール、スポーツジャーナリストの青島健太、各氏の意見が載っていて、とても考えさせられる内容だった。 まず伊藤氏の文章を読むと、聖火リレーが世界中を回るという企画は、国威発揚を狙った中国のごり押しのようなもので、こんな不自然な形をとったことが、混乱の拡大を招いた、という見解であった。 また、これをとめられなかったIOCにも大きな責任がある。たしかにアテネ五輪のときも、聖火リレーは各国を回ったが、ギリシャでの開催であったあのときとは事情が違う。今回は各国をリレーが回るという形式自体がもともと政治的なセレモニー色が強く*1、だからこそ抗議行動の標的とされたのである。 こういった主張だった。 これを読むと、今回の事態の拡

    「聖火」雑感 - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/04/30
  • 『パラダイス・ナウ』 - Arisanのノート

    大阪九条の映画館シネ・ヌーヴォで開催中の「パレスチナ映画祭」のなかから、『パラダイス・ナウ』を観てきた。 映画祭の案内は、こちらで。 映画のホームページは、こちら。 イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区を舞台に、組織から指名されていわゆる「自爆攻撃」に赴いていく二人の若者の、葛藤と苦悩を描く。 主人公は、サイードとハーレドという二人のパレスチナの若者。自動車修理工として働いているが、生活の糧を得るのが精一杯で、希望のない占領下の日常であることが伝わってくる。 「占領下の日常は牢獄と同じだ」という台詞が後に出てくる。 しかし、そのなかにも家族との交流や、友情があり、出会いがある。 印象深い場面は、ナブルスの町を見下ろす高台の斜面で、二人が水タバコを吹かしているところだ。占領下の日常を生きて、抵抗組織に属している二人は、すでにどこか死を意識している節があるのだが、ラジカセでかかる民族音楽風のメ

    『パラダイス・ナウ』 - Arisanのノート
  • 違憲議員たちの自覚なき権力と暴力 - Arisanのノート

    先日の稲田朋美に続いて、また自民党の違憲国会議員の存在が明らかになった。 http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20080411ddm041040123000c.html この問題を巡っては有村治子参院議員(自民)が自身のホームページで、「心外なお気持ちでいることを人づてに聞いていたので、伝聞では国会質問はできないと考え、刈谷さんご夫と直接初めて連絡をとった」と、3月25日に刈谷さんに連絡したことを明らかにしている。 一般論として、ドキュメンタリー映画の製作と公開にあたって、作り手の側と、取材され出演者となった側との間に、行き違いのようなものが生じることは、決して珍しくないだろう。 撮影が進む過程でそれが露呈することもあれば、出来上がったものの試写を見て、またそうでなくても時間が経過するにしたがって、出演する当事者の思いに何らかの変化が「自然」に生じると

    違憲議員たちの自覚なき権力と暴力 - Arisanのノート
  • ドーンセンター問題 - Arisanのノート

    橋下知事は被害者を見捨てるつもりなのか?http://d.hatena.ne.jp/font-da/20080408/1207659453 (末尾に追記あり) 橋下知事はもともと「改革」にあたって、「セーフティーネットは残す」ということを何度も強調してて、図書館を唯一見直しの対象から外した理由も「知のセーフティーネットだから」というものだった(よく分からない言い分だけど)。 この記事を読むと、ドーンセンターというところは、深刻な被害を受けた人たちが生きていくためのセーフティーネットとして機能している部分が確かにあるようだ。 こういうところ(機能)を真っ先に削減・廃止の対象にするということは、「セーフティーネット」は残す、という看板は嘘だったということであり、降ろさなくてはいけな。「生き残れない人を作っても、改革を行う」というふうに言い換えなくてはいけない。そして、それならぼくは、この改革の

    ドーンセンター問題 - Arisanのノート
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    maangie 2008/04/10
    自治体がやるべきこと
  • 『4ヶ月、3週と2日』 - Arisanのノート

    この映画は、ものすごく良かった。 http://www.432film.jp/index.html チャウシェスク体制が末期に近づいていた1987年のルーマニアを舞台に、当時違法とされ厳格に取り締まられていた中絶手術を、友人にひそかに受けさせようとする女子大生が体験する苛酷な出来事を描く。 当時のルーマニアの状況については、上のオフィシャルサイトのなかの「作品情報」、そのなかの「映画「4ヶ月、3週と2日」の背景」という項目で、詳しく知ることができる(あらすじなども読めます)。 それによると(出産と中絶については)、労働力確保のため、中学生にまで出産が奨励され、女性は最低3人の子どもを産むように押し付けられ、中絶(避妊も)が厳しく禁じられ、違法手術が発覚すれば厳罰に処せられる、という社会だった。妊娠した女性は、必ず出産することを義務付けられていたのである。 このため、多くの孤児や捨て子が生ま

    『4ヶ月、3週と2日』 - Arisanのノート
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    maangie 2008/04/10
    「チャウシェスクの子どもたち」
  • NNNドキュメント'08「兵士たちが記録した 南京大虐殺」 - Arisanのノート

    こちらでも言及されているが、ちょっと内容を要約することも出来ないほど、すごい番組だった。 一点に関してのみ感想を書いておきたい。 この虐殺に関わった人たちの証言映像を見ながら、自分がこうした虐殺を実行することになった場合を想像し、その後どう生きるかということを考えてみた。 兵士として召集され、虐殺行為を命じられた場合、それを拒めるという断言はぼくには出来ない。 明白な虐殺と、戦闘のなかで敵兵を撃ったり、大都市に爆弾を投下したりといった行動がどう違うのか、よく分からないが、ここではそれは考えない。 むしろ気になるのは、たとえばこの番組で語られていたような捕虜の虐殺という行為が、兵士自身にとって、命令による強制なのか、自分の決断による行動なのか、ということである。 「軍隊に入ったら、あるいは戦場に立ったら、命令に背くことなど不可能だ」という言い分もあるが、それに背くことは、原理的には可能である

    NNNドキュメント'08「兵士たちが記録した 南京大虐殺」 - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/04/08
    「日本の社会や世間・集団といったものは、そのほとんど唯一とも思える救いの始まりの方法を、この人たちから奪ってきた」ふーむ。
  • 先日の経済ニュースから - Arisanのノート

    ぼくはテレ東の『ビジネスサテライト』をよく見るのだが、先日は、「持続可能な漁業」が、新たなビジネスチャンスにも成りつつある、という話題が紹介されていた。 イギリスでは、乱獲による水産資源の枯渇を防ぐ目的でMSCと呼ばれる漁業認証の仕組みが活用されていて、このロゴを付けられた水産物や加工品は、資源の保護のための基準を満たしていると認定されたものとして、多少価格は高くなっても多くの消費者に好んで買われ、高い実益を上げているのだそうである。 http://www.amita-net.co.jp/solution/msc01.html?source=Overture&key=msc01&OVRAW=msc&OVKEY=msc&OVMTC=standard&OVADID=1853725541&OVKWID=25197998541 これは、消費者と制度を作る人たちの両方に、環境や資源に対する高い意識や

    先日の経済ニュースから - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/04/05
  • 最近読んだ対談記事から - Arisanのノート

    このところ、テレビの報道というのは、事実を(出来るだけ)伝えようとするものではなくて、視聴者が「こうあって欲しい」という願望としての世界像を伝えるものだと、あらためて思うようになった。 そう考えると、たとえば「深刻なニュース」と「ほのぼのしたニュース」との変なバランスも、まあ納得がいく。 以前からそうだったのかも知れないが、最近は、とくにそれが強まってるようだ。 もちろんテレビだけでなく、雑誌とか新聞にもそういう傾向は強まってるだろうが、テレビは影響が大きいから。 ただ、「こうあって欲しい」というのが誰の願望なのかは、ちょっと微妙だなあ。内容については、報道を加工する側の意図も入りうるけど、そもそも報道が事実(現実)を伝えず、願望の世界だけを伝えるものであって欲しいというのは、やっぱりぼくら視聴者自身の欲望でもあると思う。 考えてみると、願望というか、自分の望むような世界の姿しか知りたくな

    最近読んだ対談記事から - Arisanのノート
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    maangie 2008/04/05
    高村薫。
  • きのうのブクマから - Arisanのノート

    きのうのエントリーのブックマークから。 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20080327/p1 koyhoge 個々人がちゃんと判断してボイコットを決めればいいこと。状況がこのままならば私は五輪を見ない。 なるほど。妥当な意見だろうな。 実際、ヨーロッパでは個人で参加しないことを表明してる選手もいるみたいだし、政府がボイコットするかどうかを決めて選手に強制するというのも変な話だ。 選手個々の考えや人生観にもとづく判断のようなものは、たしかに大事だと思う。 ぼくのエントリーでは、大きな政治の意図によって、参加するとかしないとかいうことが決められてしまう、むしろ「スポーツ(五輪)は神聖だ」というふうな物言いによって、そこが不可侵なものみたいに偽装されてしまうことを問題にしたかった。 国という枠に縛られることなく、

    きのうのブクマから - Arisanのノート
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    maangie 2008/03/29
  • 「大したもんだ」と思わせる人たち - Arisanのノート

    ちょうどきのうから大リーグの開幕戦を日でやってるが、来日前にこんな出来事があったことが報道されていた。 http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/baseball/news/CK2008032002096793.html ぼくはアメリカのプロスポーツに対しては反感のようなものがあり、とくに大リーグの試合もマクガイアがホームラン記録を作ったぐらいから関心が持てなくなって、中継やダイジェストを放送していても、滅多に見ることがない。 ただ、ひとつ感心するのは、ときおり決然としてストライキをやったりすることである。 年俸が(日円で)何億円ももらってるような人たちが、団結して、経営者ばかりか、ときにはファンや世論全体をも敵に回す覚悟でストをやるのである。 あれは、ほんとうにすごいと思う。 それは、自分たちの名誉や権利のために「闘う」という姿勢を、社会の全体

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  • チベット問題をめぐって、さらにいくつか - Arisanのノート

    昨日だったか、フランスの大統領のサルコジが、チベット情勢を理由に北京オリンピックの開会式のボイコットもありうるという発言をした。 暴動を支持すること ぼくは、いくつかの報道から、今回のチベットでの出来事の背景には、歴史的な背景や独立への要求等に加えて、民族差別的なものと自由経済の導入に伴う経済的な要因(チベットの若者たちの困窮)があるのだろうと考えているので、同様の背景を持った移民二世の若者たちの「暴動」を弾圧したサルコジが、今回このような態度を示していること自体は、じつに白々しいことだと思う。 今回の出来事について、チベットの人々を支持する人たちも「暴動」という語の使用を避けているように思われるのは、間違ったことであると思う。 経済的・社会的(差別など)に追い込まれた人たちには、暴動を起こす権利がある。 そのなかで起きる個々の暴力*1は、それ自体としては許されないものが大半だろうから、個

    チベット問題をめぐって、さらにいくつか - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/03/28
  • 定時制高校の現実 - Arisanのノート

    これも木曜の夜の番組だが、NHKの『ドキュメントにっぽんの現場』で横浜の定時制高校をとりあげてたけど、胸の詰まるような思いで見た。 こういう現状について、いろいろなことを考えさせられた。 最近、経済的な事情などから私立の高校に進学できず、昼間は働きながら、夜間の学校に通う高校生たちが増えているそうである。とりあげられていた学校でも、志願者が急増して、この数年で定員を倍に増やしたという。 そこに通う何人かの姿が、きめの細かい取材で描かれていた。 もっとも驚いたのは、この学校に働きながら通っている生徒たちの将来が、ほとんど保障されたものではないということである。このことは、学んでいる人たちにとっても、教えている人たちにとっても、重い無力さを覚えさせずにおかないものだろう。 卒業生のほとんどは進学でなく、社会に出て行くのだが、定時制の高校には、昼間の高校の十分の一ほどの求人募集しかこない。また、

    定時制高校の現実 - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/03/16
    「もっとも驚いたのは、この学校に働きながら通っている生徒たちの将来が、ほとんど保障されたものではないということである」っていまさら驚くことかいな。そっちのほうが驚きだ。と思ってしまった自分に驚いた。
  • プラトン『国家』メモ・その1 - Arisanのノート

    プラトンの『国家』を読み出したが、滅法面白い。 もっと早く読めば良かった。 国家〈上〉 (岩波文庫) 作者: プラトン,藤沢令夫出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1979/04/16メディア: 文庫購入: 13人 クリック: 86回この商品を含むブログ (118件) を見る 冒頭に近い部分では、ソクラテスがケパロスという金持ちの老人に、「老い」ということについて尋ねる。 ケパロスの答えは、愛欲や快楽を求めるさまざまな情念(欲望)から解放されたことによって、かえって自分は自由になった、というものである。 そして彼らは、何か重大なものが奪い去られてしまったかのように、かつては幸福に生きていたが今は生きてさえいないかのように、なげき悲しむ。(p21) まったくのところ、老年になると、その種の情念から解放されて、平和と自由がたっぷり与えられることになるからね、さまざまの欲望が緊張をやめて、ひと

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    maangie
    maangie 2008/03/16
  • 橋下知事の、またこんな発言 - Arisanのノート

    同和問題をめぐる共産党議員とのやりとりで、橋下大阪府知事が、またこんなことを言ったらしい。 共産に苦言「主張通すなら多数派になってから」http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080311/lcl0803110051000-n1.htm −−大阪の高校、大学の同和奨学金は申請すれば全員が返還免除を受けられるという特別扱いが続いている。直ちに廃止すべきでは(共産党、堀田文一府議) 「議会議決を経た返還免除規定に基づき適切に処理している。議決の意思を受けて行政が執行しており、特別扱いではない」 −−議決があっても問題があるものは見直すのが橋下知事の仕事では(同) 「議会制民主主義では議会議決に行政は拘束される。議決の無視は行政の横暴。共産党が主張を通そうとするのなら、多数派になってから意見してほしい」 見出しになっている発言そのものはとても容認できるもの

    橋下知事の、またこんな発言 - Arisanのノート
    maangie
    maangie 2008/03/14
    ふむ。
  • 本当に情けない知事 - Arisanのノート

    この件については事情をよく知らないので書かなかったけど、これは舛添の言ってることが正しいと思う。 <新銀行東京>舛添厚労相が石原知事批判「出資責任重い」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080311-00000039-mai-pol 舛添要一厚生労働相は11日の閣議後会見で、新銀行東京の経営問題に関し「(都は)中小企業を救うなら、市場経済原則ではなく、金融公庫のようなもので税金を使うと都民を説得すればいい。普通銀行として機能させるなら、民間の論理を貫徹しないとできない。両方が混在し中途半端だったことが、こうした結果を招いた」と指摘。石原慎太郎知事の責任については「出資したことは重い」と述べた。 市場経済に任せるとか、自由主義的な政策を主張する人に限って、自分のプランが破綻すると、救済のために税金を投入したり、公の制度に頼ろうとする。 他人に自己責任を

    本当に情けない知事 - Arisanのノート