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ブックマーク / sumita-m.hatenadiary.com (5)

  • 貨幣と穢れ - Living, Loving, Thinking, Again

    お金の成り立ちとその背景 -NHKスペシャル「ヒューマンなぜ人間になれたのか第4集」より-」http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20120301/p1 以前言及したときは「ネアンデルタール人」に関してコメントしただけだったのだが*1、上記のエントリーの体に関して、貨幣の呪術・宗教的側面というか禍々しさが等閑視されているんじゃないかという不満を感じていたのだった。 貨幣というものが孕む禍々しさを考える初歩として、新谷尚紀『なぜ日人は賽銭を投げるのか』から少しメモしていきたい。 「厄年や年祝いに際してみられる銭撒きの例」―― 伊勢湾の入口にある神島や、大分県米水津村で行なわれている銭撒きの習俗は、年の数だけお金を撒くものである。四十二歳はまだよいが、六十歳の還暦には大変だという。千円札だと六万円、一万円札だと六十万円も撒かなければならない。百円玉を六十個撒い

    貨幣と穢れ - Living, Loving, Thinking, Again
    massunnk
    massunnk 2012/03/23
    ”貨幣が社会関係を「無化する」と同時に(王権や国家といった)大きい非真正的な社会関係に人々を包摂してしまう”
  • 「ダンス」(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again

    批評空間 (第2期第22号) 作者: 浅田彰,柄谷行人出版社/メーカー: 太田出版発売日: 1999/06メディア: 単行購入: 3人 クリック: 8回この商品を含むブログ (6件) を見る Alain Badiou「思考のメタファーとしてのダンス」(守中高明訳)『批評空間』II-22、1999 pp.132-144 少し抜き書き; ニーチェの目にとって、ダンスの反対物とはいったい何か? それはドイツ、忌まわしきドイツのことであり、それについて彼はつぎのような定義を与えている――「服従と健脚」と。この忌まわしきドイツ質とは、軍隊の行進、つまり一列に並んだ鉄槌を打ち降ろすような身体であり、隷属したよく響く身体であるところの軍隊の行進である。すなわち、踏みならされる拍子の身体。それに対して、ダンスとは空気のようで乱れた身体、垂直的な身体である。それは、鉄槌を打ち降ろすような身体ではまった

    「ダンス」(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again
  • 「生殖」とネーション - Living, Loving, Thinking, Again

    東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス) 作者: 東浩紀,北田暁大出版社/メーカー: NHK出版発売日: 2007/01/27メディア: 単行(ソフトカバー)購入: 14人 クリック: 130回この商品を含むブログ (253件) を見る 東浩紀、北田暁大『東京から考える』というについては、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081031/1225480601やhttp://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081106/1225988138でも言及した。 さて、その中で、東は「ロックの社会契約論は、ヒュームによって「慣習(コンベンション)」の点から批判されている」という(p.241)。それを踏まえて、 (前略)コンベンションの根拠は何かといったら、最終的に世代、つまり生殖の問題だと思うんです。もし人間が遺伝子のスープ

    「生殖」とネーション - Living, Loving, Thinking, Again
    massunnk
    massunnk 2008/11/21
    「東がネーションを「そう単純には解体できない」根拠だとする、「自分がある両親から生まれ、その両親がまた別の両親から生まれ、という継続性」それ自体がネーションの自明を揺るがすこともありうる」
  • 言語の区別を巡るメモ - Living, Loving, Thinking, Again

    先ずは、 森和也「「漢文」は「中国語」ではない」http://blogs.dion.ne.jp/yohaku/archives/5894143.html いいたいことはわかるのだが、比較の対象が??である。「漢文」と現代のマンダリン(普通話)を比較しているが、「漢文」と比較すべきは寧ろ現代の口語的な書き言葉である白話文であろう。「漢文」が白話文と違うのは、現代日の文章が『源氏物語』や『平家物語』の日語(所謂古文)とが違うのと同じである。漢文はレ点を打って、読み下すことにおいて、日語へと引き入れられる。「漢文」は中国語でもあり、日語でもある。いや、「中国語でもなく日語でもなく、つまりはクレオール的存在」*1と言った方がいいだろう。「漢文」については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050717も参照されたい。 それで、http://d.hatena

    言語の区別を巡るメモ - Living, Loving, Thinking, Again
    massunnk
    massunnk 2007/09/15
    「線を引き・区別すると、その境界線の帰属が問題となってくる。いったい、どっちに属すのか。区別をすればするほど、どっちでもあり・どっちでもないという存在をどんどんと産出してしまうことになるのである」
  • 2つの呪術化 - Living, Loving, Thinking, Again

    先ずは 【勿忘草】「江原」「細木」人気の危うさ 03/15 09:31 オーラや守護霊が見える江原啓之(ひろゆき)さん。前世は天草四郎だったという美輪明宏さん。「ズバリ言うわよ!」の細木数子さん。 テレビに出まくっている。その理由が、どうしても分からない。 スピリチャリズム、オーラ、六星占術といった立場から、人生相談に応じる番組は総じて高視聴率だ。 「スピリチュアル・コンベンション」。略して「すぴこん」が、この数年、大盛況となっている。 会場には100を超えるブースが並び、ヒーリング、タロット、風水、アロマセラピー、オーラ測定、前世診断など、科学では説明できない世界の情報を発信。学生や若い社会人でにぎわっている。 明らかに10年前とは様子が違う。 中高生のメッカ、東京・原宿の竹下通り界隈(かいわい)にいくつもあった占いスペースに勢いがなくなったのは、10年ちょっと前のこと。 当時、そんな現

    2つの呪術化 - Living, Loving, Thinking, Again
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