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2011年4月6日のブックマーク (5件)

  • 東日本大震災:福島第1原発事故 原発の問題点を聞く/上 /京都 - 毎日jp(毎日新聞)

    東日大震災で発生した東京電力福島第1原発の事故。放射性物質の流出や拡散は多方面に巨額の経済的被害をもたらし、他の電力会社も含めて安全対策の大幅な見直しを迫られている。事故前からエネルギーの費用計算で原発政策の問題点を指摘し、昨秋に原子力委員会で識者として提言した大島堅一・立命館大国際関係学部教授(経済学)に原発に関する問題点などを聞いた。【聞き手・太田裕之】 ◇事故前から最も割高--大島堅一・立命館大教授 --まず、原発費用の分析結果は? ◆原発では、(1)発電に直接要する費用(燃料費、減価償却費、保守費など)の他に、(2)原発に特有の「バックエンド費用」(使用済み燃料再処理費、放射性廃棄物処分費、廃炉費)(3)国からの資金投入(開発・立地のための財政支出)(4)事故に伴う被害と被害補償費--を考える必要がある。 (1)(2)は料金原価に算入されており、この合計を発電単価とする。電力9社

  • サービス終了のお知らせ - NAVER まとめ

    サービス終了のお知らせ NAVERまとめは2020年9月30日をもちましてサービス終了いたしました。 約11年間、NAVERまとめをご利用・ご愛顧いただき誠にありがとうございました。

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  • 検証・大震災:初動遅れ、連鎖 情報共有、失敗(その1) - 毎日jp(毎日新聞)

    ◇福島第1原発、津波…燃料棒溶融…爆発 ◇3.11から2日間、官邸・保安院・東電は 東日大震災は国内未曽有の原発事故を引き起こした。首相官邸や東電、防衛省・自衛隊はどう対処したのか。米国の動きは。発生直後からの2日間を追った。【震災検証取材班】 ■発生 11日14:46 ◇暗闇の建屋脱出30分 「はぐれるな、手をつなごう」 ◇「全員官邸に集合」 閣僚右往左往 その時、東電の下請け会社に勤めるベテラン従業員は福島第1原発4号機タービン建屋の地下1階で鉄材の切断作業をしていた。11日午後2時46分、激しい揺れに必死で配管にしがみつく。 「足場が倒れたら危ない」。3人の同僚と声をかけ合っていると突然、照明が消えた。暗闇の中、危険箇所を示す電池式の警告灯だけが赤く点滅している。 頭が混乱して方向感覚がない。「はぐれたら大変だぞ。手をつないで行こう」。警告灯を懐中電灯代わりに、4人は一列になって1

    quagma
    quagma 2011/04/06
    この記事、あとで図書館行って読もう。
  • こんな時だからこそ、「日本の良識」を信じたい - 日刊イオ

    先週から東京では桜の花が咲き始めて、いっきに春めいてきました。 日曜は気温が冬並みに低くて寒かったですが、 また気温が上がれば一気に満開となるでしょう^^ 話は変わって、この前の出張での話の続きをさせていただきます。 所用があって岐阜朝鮮初中級学校へたずねた時のことです。 その日は日曜日なのにもかかわらず、ハッキョにはたくさんの人が集まっていました。 岐阜県の青商会のメンバーを中心に、学校の遊具などのペンキ塗りをしていました。 女性たちも来ていて、お昼に豚汁をふるまってくれました。 そこで、以前(おととしの7月くらい)福島に出張に行った時会ったことのある男性を見つけました。 私はとっさに思い出して声をかけました。 福島から岐阜に転勤してきたという彼。 私はてっきり福島県出身だと思い込んでいたのですが、彼は宮城県の海沿いの町の出身で、 今回の東日大震災で実家が大きな被害を受けたそうです。

    こんな時だからこそ、「日本の良識」を信じたい - 日刊イオ
    quagma
    quagma 2011/04/06
    "3月31日、宮城県が新年度の東北朝鮮初中級学校への補助金を交付しないことを決めた""東北初中の関係者たちが、日本の友人たちのために炊き出しを行ったその姿を、県の当局者たちは知らないのでしょうか"
  • 東日本大震災:ゴンだけが残った…自宅付近で4日後 宮古 - 毎日jp(毎日新聞)

    ゴンは生きていた--。東日大震災の津波被害を受けた岩手県宮古市の田老地区で、コンビニエンスストア経営、山義宣さん(57)一家は全員が死亡・行方不明になったが、飼い犬のゴンは奇跡的に生き残った。同じ町内で被災した山さんの姉百合子さん(59)は「すべて流されてしまった中で、ゴンは唯一の形見です」と話し、ゴンを引き取ろうと考えている。 愛犬家の山さんはゴンの散歩を朝晩欠かさず、口癖は「ゴンも扶養家族にしたい」だった。津波でコンビニも自宅も被害を受け、山さんは死亡、園子さん(56)、同居していた母チヤさん(82)は今も行方不明だ。 百合子さんは地震直後、夫とともに軽トラックで避難所に逃れ、山さん一家を捜した。山さんとは携帯電話のメールでお互いの避難状況を確認し合っていた。弟からきた最後のメールは「大丈夫か? 当にちゃんと避難したな」だった。 避難所で「(山さんの)コンビニは津波