太平洋戦争末期、日本全土が米軍の高性能爆撃機B-29の空襲にさらされ、主な都市は軒並み甚大な被害を被っていたが、迎え撃つ日本の戦闘機が持つ性能では、米軍の新型爆撃機B-29に対して対抗するのは困難だった。 そこで、日本軍はロケットエンジンを積んだ戦闘機によって一矢報いんと、同盟国ドイツから提供された最新技術をもとに開発を急ぐのだが……。 試作機の初飛行は失敗、搭乗員は殉職 その日、プロペラも水平尾翼もない、後退翼でずんぐりと異様な形をした小さな飛行機が、轟音を上げて横須賀・追浜飛行場を離陸した。 昭和20(1945)年7月7日、午後4時55分のことである。 試作機であることを示すオレンジ色に塗られたこの飛行機の名は「秋水(しゅうすい)」。日本本土に空襲を繰り返す米陸軍の大型爆撃機・ボーイングB-29に一矢を報いるべく、開発が急がれていた日本初のロケット戦闘機だった。 ドイツからもたらされた