「日本史で悲劇のヒロインは?」 と問われたら、誰かが必ず名を挙げるであろうあの人。 文治二年(1186年)4月8日は、静御前が鶴岡八幡宮で舞を披露した日です。 源義経の恋人として有名な人ですが、正室ではありません。 その辺の事情は、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で皆さまも既にお詳しくなっていますよね。 今回はそんな静御前と郷御前、さらには蕨姫という、義経と関係が深い女性3人の非情な命運を振り返ってみたいと思います。 ※以下は源義経の関連記事となります

”源平の戦い”ってどんなイメージがあります? 「調子に乗った平家を源氏がフルボッコにした」 ともすればそんなイメージを持たれるかもしれませんが、実際は一進一退だった時期も結構あったりします。 そもそも戦争というのは、どちらが勝つかわからないから始まるものであり、それが進んでいくうちに、何らかのキッカケでどちらかが優勢になっていく――。 源平合戦においては【一ノ谷の戦い】で平家がかなり劣勢になりますが、その後もスンナリやられたワケではなく、挽回しようと頑張ったことがありました。 そうして元暦2年/寿永4年(1185年)2月19日に起きたのが【屋島の戦い】です。 那須与一が『扇の的』で大活躍した一戦ですね。 それは一ノ谷の戦いから約一年後のことでした。
大天狗の罠?平氏が油断したところへ源氏凸!まずは、この戦いに至るまでの経緯を簡単に振り返ってみます。 後白河法皇から正式に平家追討を命じられた源氏軍は、関東から上京する途中でデカイ仲間割れをしてしまいました。 木曽義仲とのイザコザです。 そして何とか片付けたのですが、その間に平家は清盛が新しい都としていた福原(現・兵庫県)で体勢を整え、再び源氏と戦おうと画策していました。 しかし、大天狗(※後白河法皇のこと)から「戦をやめい」という命令が届きます。 それが策かどうかは不明です。 9割8分くらいの確率で策なんでしょうけど、ともかくこれを信じてしまった平家が一瞬油断したところへ、源氏軍がワーっと攻めかかってきて始まったのが【一ノ谷の戦い】です。 逆落とし以前からほぼ奇襲に近い感じなワケで……うーん、策士ですね。 やってきたのは、いつも通り?影の薄い源範頼と、その反対に目立ちすぎな源義経でした。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で菅田将暉さん演じる源義経は、登場時点から大きな話題となりました。 兄・源頼朝に加勢するため向かった富士山が見える野原で、出会った野武士をいきなり騙し討ち。 SNSでも「やばい義経が来たw」とざわついていたかと思ったら、実際、一ノ谷の戦いでも徹底的に平家を欺き、戦いの前には1ミリの倫理すらない様子をうかがわせ、しまいには壇ノ浦の戦いで幼い天皇を入水自殺へ追い込んでいた。 一方で自分の死の間際には、冷静に周囲を分析し、相変わらず天賦の才に恵まれた軍略を披露する――。 確かに義経は、史実においても天才であり、同時に常識から逸脱したヤバい人だったかもしれません。 『なぜ、そこでそうなる?』という場面が何度かあり、特に頼朝が信頼する梶原景時(劇中では中村獅童さん)とは何度か揉めていて、最終的には自らが破滅の道を突き進んでしまうのです。 いったい源義経とは何なのか。 文治
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