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日中戦争に関するyomimonoyaのブックマーク (2)

  • 1993年8月4日の河野官房長官談話に対する各紙の社説 - 解決不能

    産経・赤旗を除く、毎日・日経・朝日・読売の4紙の社説を紹介する。 【毎日社説 1993年8月6日付】 ・歴史の教訓として生かそう 私たちの同胞の過去が明るみに出されることはつらいことである。 ましてそれが国家のかかわることであり、しかも人間の尊厳を著しく冒した行為であるならば、 なおさら目をつむりたい誘惑に駆られよう。 が、それは加害者のおごりというものである。 しかもそれが、私たちの心の奥底に潜む「差別」と連なっている懸念もなしとしないなら、 どんなに苦痛が伴おうとも、えぐり出して白日の下にさらさなければならない。 それは他のためではない。自分自身のためである。 憲法に従えば、日は未来に「名誉ある地位」を求めている。 世界的な名言となったワイツゼッカー独大統領の「過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目となる」を引くまでもなく、 過去を直視し清算できぬ者が、どうしてほかからの尊敬を未来に得

    1993年8月4日の河野官房長官談話に対する各紙の社説 - 解決不能
  • 爆弾三勇士 - Apeman’s diary

    「ダーン、ダーン。」 ものすごい大砲の音とともに、あたりの土が高くはねあがります。機関銃の弾が、雨あられのように飛んできます。 昭和七年二月二十二日の午前五時、廟巷の敵前、わずか五〇メートルという地点です。今、わが工兵は、三人ずつ組になって、長い破壊筒をかかえながら、敵の陣地を、にらんでいます。 見れば、敵の陣地には、ぎっしりと、鉄条網が張りめぐらされています。この鉄条網に破壊筒を投げこんで、わが歩兵のために、突撃の道を作ろうというのです。しかもその突撃まで、時間は、あと三十分というせっぱつまった場合でありました。 工兵は、今か今かと、命令のくだるのを待っています。しかし、この時とばかり撃ち出す敵の弾には、ほとんど、顔を向けることができません。すると、わが歩兵も、さかんに機関銃を撃ち出しました。そうして敵前一面に、もうもうと、煙幕を張りました。 「前進」 の命令がくだりました。待ちに待った

    爆弾三勇士 - Apeman’s diary
    yomimonoya
    yomimonoya 2011/03/20
    「一方では差別意識をあおっての殉国精神の強要のための、他方では融和政策のための、それぞれの道具として効用に使いわけ、活用しようとする立場」←卑劣もここに極まれり……。
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