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Fukushima Ryotaに関するklovのブックマーク (5)

  • 表現のリポジトリ - 仮想算術の世界

    最近は『ユリイカ』の連載に使えるかなと思って、柄谷行人『隠喩としての建築』を読み直していました。まぁ古いなんですが、いまふうに言えば「ソシオフィジックス」の走りみたいな論文が収められていて、いろいろ考えさせられます。 たとえば、このには、クリストファー・アレグザンダーの「ツリー」と「セミ・ラティス」の区別が採用されていますが、これはいまふうに言えば、新聞やテレビに代表される垂直統合型のマスメディア=ツリー構造に対して、さまざまな素材を横断的に組み合わせながら随時異なる集合を組み立てていくニコニコ動画=セミ・ラティス構造の区別にも対応させることができる。つまり、一方の要素が他方の要素を完全に包摂してしまうのではなく(ツリー構造)、むしろある要素と別の要素の組み合わせが部分的に「オーヴァーラップ」し、かつそのアナログな重なり合いが無数の要素間で形成される(セミ・ラティス構造)、そういう多

    klov
    klov 2009/02/14
    『隠喩としての建築』は先のシンポの隠れ必読書だったようで。隠れてないか。
  • 神話が考える - 仮想算術の世界

    こんにちは。年もよろしくお願いいたします。 当はこのブログももう少し更新頻度を上げたいのですが、いまいちエンジンがかかってこないので、当面は去年の後半のようなペースでぼちぼち書いていくことになりそうです。気長にお付き合いいただければ幸いです。 さて、もはやネットでは旧聞に属する話で恐縮ですが、年明けはakinator.comというキャラ当てサイトでちまちま遊んでいました。各所で話題なので説明は要らないかもしれませんが、要はあらかじめ好きなキャラをひとり思い浮かべ、そのキャラについて髪の色や長さ、男女の別、超能力の有無その他の設問に20問ほど答えると、かなりの確率でそのキャラを当ててくれるというものです(ちなみに実在の人物も登録されています。試しにやってみたら、王心凌やら王力宏やら台湾アイドルも網羅されていて、それもけっこうすごい)。有限の質問でここまでキャラを正確に識別できるとい

  • <普遍語>のテロ、<現地語>のテロ - 仮想算術の世界

    水村美苗さんの『日語が亡びるとき』は、<普遍語>と<現地語>に、近代文学と結びついた<国語>が対置されるという構図になっています。簡単に言うと、<普遍語>が万人に通じる普遍的な知の世界だとすると、<現地語>というのは日常的なおしゃべりの世界です。たとえば、かつてならラテン語が、いまなら英語が<普遍語>として考えられる。知を一極的に集中し管理することのできる言語がひとつ決まっていて、あとはその下層で<現地語>のおしゃべりが生まれては消えていく。そういう二極化が、現代のグローバルな情報環境の下で進んでいる。それが水村さんの見立てです。いわば、近代以前の中世的な世界になっているわけです。そこでは、日語は知を担う言葉というよりも、おしゃべりの言葉としてのみ生き残ることになる。 そして、水村さんの構図では、来その両者の中間的な存在として<国語>がある。<国語>とは、知的でありながら日常的な言

  • 原稿その他。神話と暴力 - 仮想算術の世界

    ■「人間の神話的利用 神話社会学第五回」『ユリイカ』1月号 ■今月発売の『パンドラ』で鼎談に参加 ■今月23日に四谷アート・ストゥディウム絡みでシンポジウム …という感じです。なお前回の水村関連のエントリの続きは、オフラインの原稿でやることになりそうな気配。ネタと気力が余ったら、またブログで書きます。 ちなみに『ユリイカ』のほうは、当はドイツ系の神話論(シュミット、カッシーラー、ベンヤミン、アドルノ…)を横目で見ながら論点を広げられればいいなぁと思っていたのですが、あまりにも壁が厚すぎて半分断念しかかっています。シュミットのハムレット論なんてなかなか神がかっているし(ちなみに柄谷行人のマクベス論ともかなり共振してる)、うまく使えば、神話時代の創作のひとつの道しるべになりそうな気がするのですが、間テクスト的なニュアンスもすごく強いので(彼らはよくお互いに文通もしていたわけですが)

  • グーグルの「転生」 - 仮想算術の世界

    いろいろ原稿を書いていて、更新が空いてしまいました。 ここ最近もいろいろ思うところがあっては忘れていくという感じなのですが、とりあえずちょっと気になったのは例のグーグル・ストリートビューに対する反応。ネットをつらつら見ていると、あのサービスが何の役に立つのかさっぱりわからないし、プライバシーの問題もあるから止めたほうがいいんじゃないかという議論がけっこうあります。別にその感想自体はわからないでもないですが、ただそれは、社会性や人間の行為というものに対する了見がちょっと狭いと言わざるをえない。それを言うなら、たとえば初期の望遠鏡なんてたんに星空がくっきりと見えるだけなんだから、その意味ではたいして役には立たない。ところが、その発明が空に向けられるのではなく地上に向けられると、今度はそれが顕微鏡になるわけで、そこから生物学なり医学なりが発達することになる。 最初に空を見たくて望遠鏡をつくっ

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