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ブックマーク / littleboy.hatenablog.com (12)

  • 田原総一朗の過激な青春- てれびのスキマ

    田原総一朗といえば、最近は「割と朝までやってる人」(千原ジュニア)というイメージしかないかもしれない。 しかしながら、彼は若き頃、今の放送コードぎりぎりな芸人あるいはアングラ劇団、パンクロッカーなどなどが束になっても敵わないような過激すぎる活動をしていた。しかも会社員時代に。 そんな田原が5月27日に放送された「クメピポ」に出演し、当時のことを振り返っていた。 田原は1964年から1977年まで東京12チャンネル(現・テレビ東京)でディレクターとして、ドキュメント番組などを制作していた。 「他局がオンエアできないような番組を作ろうと思った」という田原。 テレ東ってテレビ番外地って言われたの。誰も(チャンネルを)12まで回しませんよ。 だからそこで見てもらうためには他の局が絶対やらないようなものをやらなきゃダメ。 しかもね、そりゃ、NHKやTBSは(スタッフも)能力があるのが行ってる。 テレ

    田原総一朗の過激な青春- てれびのスキマ
  • 2009-03-06 - てれびのスキマ 「有吉弘行のブレイク論」

    3月5日に放送された「アメトーーク」では「今年が大事芸人」として昨年ブレイクした芸人が数多く出演し昨年を振り返りっていた。ご覧になった方も多いかと思うが、あまりにも有吉弘行が見事に自分の置かれた立場を的確に分析し、それを言葉にしていたので書き留めておきたい。 まず有吉はブレイクするまでの軌跡を以下のように名付けた。 2007年8月  「おしゃクソ事変」 ↓  売れっ子の品川に牙を剥き浮上。 ↓ 2008年前半 「おしゃクソバブル」 ↓  「文句を言ってれば良し」という凄く楽な時期 ↓ 2008年中盤 「あだ名面倒臭い時期」 そして、有吉は「あだ名面倒臭い時期」に至った後、だんだんとやりにくくなってきている現状を具体的なエピソードを明かし訴える。 どこででもあだ名をつけてくれって言われるようになったんですよ。 ここ(「アメトーーク」)でやってるうちは良かったんですけど特徴も何もない人間につけ

    2009-03-06 - てれびのスキマ 「有吉弘行のブレイク論」
  • 太田光が浅草キッドとの確執を語る。|てれびのスキマ

    爆笑問題の太田光と浅草キッドといえば、自他共に認めるたけしチルドレンで、同世代のライバルとしてしのぎを削ってきた仲であるが、「ウチくる!?」にゲスト出演した太田光が、互いの関係を決定づけたエピソードを語っていた。 「オールナイトニッポン」のたけしさんが休んだ時に代わりに我々がやった訳ですよ。 で、俺はその時に「いや〜、とうとうたけしが死にましてね」って始まったわけ。 「ビートたけしを越えたよ、バカヤロー! 浅草キッド聴いてるか」と。 「悔しかったら殴りこんでこい!」って言ったらホントに水道橋博士が殴り込みに(来た)。 モメにモメて、生放送中に。 ルールが分かってなかったんですね。業界のルールがね。 全部シャレでいいのかと思ってたの。 それをたけしさんが結構やってたでしょ。 アレがたけしさんが言ってるから許されてるって事を分かってなかったの。 たけしさんが言ってるから俺も言っていいんだと思っ

    太田光が浅草キッドとの確執を語る。|てれびのスキマ
  • てれびのスキマ - 松本人志とビートたけし

    ついに6月2日に公開となる松人志の初監督映画「大日人」。 同じ日には北野武監督の「監督・ばんざい!」も公開されることで、マスコミ的にはお笑い界の大物同士の対決ということで格好のネタになっている。 ところでファンの間ではすでに有名な話だが、この二人は北野武責任編集の「コマネチ!」にて対談を行っている。 たけし「初めて『その男、凶暴につき』を撮った時も、映画なんかぶっこわしちゃえって好きなように撮ったんだけど、時々弱気になってね。このまま最後までぶっこわしていけばという感じがあったんだけど、まとめようとしたり。こんな壊し方面白いなと思うんだけど、金使って、スタッフ何人も使っているから、ちらっと下向いているヤツがいると、ああ、そうとう気になっているんだなとか考えてしまう。だから、いいところと悪いところがはっきり出たね。映画は最近やっと壊せるようになったかな」 松「僕はたけしさんの映画はほと

  • 太田光が青臭い正論を吐く理由-てれびのスキマ

    爆笑問題の太田光は新作*1「トリックスターから、空へ」の前書きの中で、最近はよく周りから「お前は何者で、何になりたいのか?」と問われると書いている。 トリックスターから、空へposted with amazlet on 06.12.24太田 光 ダイヤモンド社 売り上げランキング: 2166 Amazon.co.jp で詳細を見る 相変わらず、生放送等で「タモリさんを助けようと思ってやってるんだけど、逆に困らせてしまう」ような危うい暴走を繰り返したりする一方、お笑い芸人にも関わらず「太田光の私が総理大臣になったら……秘書田中(以下「太田総理」)」や「スタ☆メン」など数多くの番組で政治的発言を繰り返したりし、文化人的な立ち位置を見せることが多くなった。 そこでは今どき恥ずかしいくらいの青臭い正論を吐くことが多い。<参考動画> http://www.youtube.com/watch?v=eK

    太田光が青臭い正論を吐く理由-てれびのスキマ
    nisoku2
    nisoku2 2006/12/24
    孫引き>昨今の太田光が、実にお笑いにあるまじき、まともな正論をぶつ論客となっているのも、本来のメインカルチャーの方が脆弱すぎて、立ち居地としては、正論をぶつ方が、むしろ異端であり、カウンターであるから
  • 超能力少年と呼ばれて|てれびのスキマ

    清田君が大麻で逮捕されてしまい、そうなると当然、こういうふうにすべてが否定されて報道されてしまう。あの時のように……。残念。 実は以下のエントリは最近また徐々にメディアに露出をし始めた清田君を見て準備していたもの。そんな時にこんなことになってしまうとは。 1962年、寿司屋を経営する清田喜徳、せつ子夫の間に生まれた長男が、後にエスパー清田君と呼ばれることになる清田益章である。 少年清田は「こりゃあ精神科行きかな」と心配されるほど、両親から見ると「とんでもない嘘つき」に見えた。 何かが部屋の中にいるとか、誰かが入ってきたとか、そんなことばかりしょっちゅう言っていたという。 しかし、程なくして彼は両親を次々と驚かせていく。 例えば部屋をぐちゃぐちゃに散らかした時。母親が「片付けろ」と怒る。すると、ものの5分も経たないうちにすっかり綺麗になっていたというのだ。 「玩具とかさ、例えば部屋の隅にあ

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  • キング山田の正体 - てれびのスキマ

    あの「トリビアの種」に登場したキング山田(参考>「チャイチーな人生なんて」山田くん語録)の正体が遂に判明しました。 やはり舞台俳優でした。 こちらの舞台(>「七つの罪の海」)に出演されている方だそうです。 この中の、『山田(同居人)』*1という方みたいです。 名(?)は、山田光芳。 彼は、2002年劇団維新派入団し、翌年同劇団東京公演「ノクターン」に出演。 2004年には映画「恋するイノセントマン」に出演、助監督も兼任。 2005年に、現在の劇団同居人を旗揚げ。 何度か自主公演を打つ傍ら、劇団クロム舎などに客演。 テレビにも「ドランクドラゴンの天才D」に出演経験があるようです。 そして、今回、前述のとおり、メガロザの「七つの罪の海」に出演されます。 チラシを見てみると、松尾スズキやら池田鉄洋やらがコメントを寄せていて、キング山田抜きにしてもちょっと見てみたい感じ。 *1:名字しかありませ

    キング山田の正体 - てれびのスキマ
    nisoku2
    nisoku2 2006/05/24
    山田光芳氏
  • てれびのスキマ - 「おいしい」という言葉は誰が作ったのか?

    お笑い用語で「おいしい」という言葉がある。この言葉、誰が使いはじめたか? 何か、以前も聞いたことがあったような気もしないではないけど、「鶴の間」にて鶴瓶さんがその真相を明かしてくれたので忘れないようにメモ。 「オレたちひょうきん族」にMr.オクレが出演していた時のことである。 マスターベーションをする話になった。すると、明石家さんまが「おかずは?」と聞いた。 「おかずは○○」とオクレが答え、それに対して、さんまが「おいしいなぁ」と言うと爆笑になった。 この時、お笑いにおける「おいしい」という言葉が生まれた*1のだという。 *1:「エッチ」という言葉を作ったのもさんまさんだ、というのも有名ですね。

    てれびのスキマ - 「おいしい」という言葉は誰が作ったのか?
  • てれびのスキマ

    随分古い話になるが、2月27日の「生活ホットモーニング」に宮崎駿監督が出演*1。 ジブリ美術館を案内しつつ、そこで上映されている新作短編3の紹介を中心に、映画について大いに語っていた。 この新作は、音楽や効果音を一切使わず、それらを全て人間の声(タモリ、矢野顕子)と文字だけで表現した「やどさがし」、水の中で暮らす水グモを主人公。水面を軽やかに泳ぐアメンボの女の子への恋心を通して水の中の世界を描いた「水グモもんもん」、星の種をかった少年(神木隆之介)がそれを育てながら自らも大人へと成長していく物語の「星をかった日」の3。 (参考リンク)・公式 ・この番組での紹介映像 ・矢野顕子インタビュー ■新作について語る。 面白いか面白くないかはわかんないけど、これやってみたいからやってみたという映画。 例えば「星をかった日」は、ここの(入館客の年齢)対象からすると、上です。中身そのものは。理解する

    てれびのスキマ
    nisoku2
    nisoku2 2006/03/14
    「だからアメリカの観客なんて絶対「もののけ姫」なんてわかりっこないですよ。自信を持っていいますけど。」「それにあわせる必要は無いと思います。国内で賄えるんだから、自分達は。」
  • てれびのスキマ - ジャイ子の本名が「不明」である理由

    先日放送された『ドラえもん誕生物語 〜藤子・F・不二雄からの手紙〜』は興味深いエピソード満載で非常に良い番組でした*1。 そんな中、個人的に最も印象に残ったのは、インド版「ドラえもん」主題歌の歌声がジャイアンの歌声並みのすさまじさだった……ことではなく、ジャイ子の名についてのエピソード。 ジャイ子の名については様々な説があったりしてよく「ドラえもん」における謎の一つとして議論の対象になる問題ですが、今ではジャイ子はあくまでもあだ名であり、名は別にあるけれども、それは「不明」、というのが定説になっている*2ようです。 では、何故、その名が決められないままだったのか、その真相をアニメスタッフの一人、別紙壮一氏が語っていました*3。 「名、何か作りましょう」と話をしたときにしばらく先生は考えられて 「やっぱりやめましょう」 「え? どうしてやめるんですか? 先生」と聞いたら先生は、 「

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  • さいとう・たかをのルール|てれびのスキマ

    言わずと知れた「ゴルゴ13」の作者である劇画界の第1人者にして、今もって現役のさいとう・たかをが日23:00から放送される「情熱大陸」で密着されている。 漫画史的に言えば、プロダクションを設立しいち早く、分業体制を確立させたり、手塚治虫全盛の時代に全く異なった絵柄で、「劇画」というジャンルを作ったり、と間違いなく日漫画を作った一人ではあるが、個人的に、さいとう・たかをと聞いて思い出すのは、作品よりも、作者自身のその強烈な個性だ。 それを徹底的に引き出したのが『男気万字固め』における吉田豪のインタビューであるが、その中から、「いちいち抜群な」印象的なエピソードを拾ってみよう。 ・小学校の頃、相当ないじめにあうが、5年生の時、遂に反撃。立場が入れ替わり「もう猿山同然」に。 ・体型が人間離れしていた。胸囲1メートルもありながらも背がひくく「カニみたい」。そこから「ゴリラ」「イノシシ」「コケ

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    nisoku2
    nisoku2 2006/02/07
    NGワード・お塩先生
  • てれびのスキマ - 太田光、先輩三谷幸喜への屈折した想いを語る。

    昨日放送の「スタ☆メン」に「有頂天ホテル」の宣伝のために三谷幸喜がゲストに訪れた。 実は三谷と爆笑問題とは大学の先輩後輩という関係。 番組冒頭、太田は「色々私には三谷さんに対して複雑な思いがあるんですよ」と切り出すと、阿川や田中が「古畑任三郎」について語るのを静かに聞いた後、その愛憎入り混じった感情を吐露し始める。 太田『日大芸術学部演劇学科ってところなんですけど、僕が1年生の時に三谷さんはもう4年生で、その時既に有名だったんです、学園内で。劇団つくってたでしょ、小劇団……、なんでしたっけ? 東京サンシャインボーイズ? いや、ちょっとその前がありましたよね? …で、そこで、ぼくらが学生で悶々としてるときに三谷さんは、僕のイメージでは「常に絶賛されている人」なんです、周りから。 僕なんかは捻くれているから当時から人の悪口ばっかりいって学校に嫌われて、友達にも嫌われてっていうなかで(その頃は)

    てれびのスキマ - 太田光、先輩三谷幸喜への屈折した想いを語る。
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