猫間川を遡ってゆくと、桃が池を頭にして南北に細長く伸びる長池へと続く、上町台地と我孫子丘陵に挟まれた地溝帯にまでたどり着くことができた。上町台地と我孫子丘陵に挟まれたこの付近一帯には大小のため池が点在し、それらのため池を縫うようにして、井路川が縦横に伸びていた。 大正十年(1921)の測量地図では、名前の分かるものだけでも十以上のため池があったことが確認できる。 @ 三明池 A 瓦釜池 B 苗代田池 C 野之中池 D 前後池 E 新池 F 股ケ池 G 長池 H 今池 I 万代池 J 大領池 はたして猫間川の源頭はさらにどこまで遡ることができるのだろうか?今回は猫間川の南限を見極めるために、桃が池からさらに南の地を歩いてみた。 桃が池から東、阪和線の高架を見たところ。 桃が池の南は一部埋め立てられて、グラウンドになっている。さらにその南の青少年センターや昭和中学校も、かつては股ケ池の一部であ