「参戦したくないものは、勉強をするか、自分の体を傷つけるしかなかったんです。兄は自ら眼を潰し、私は必死に勉強しました」。 徴兵逃れのため、歳をごまかし生きてきたグェン・ヴァンさん(53、実年齢は57)は、小さな声でゆっくりと語った。生まれも育ちもベトナム中部クアンガイ省。40年前、大量虐殺が行なわれたソンミ村(現ティンケ村)まで約30キロの田舎町で、妻と甥っ子の3人で暮らす。 ベトナムの戦争報道をする世界中のメディアを気にかけていたヴァンさんは、戦時中、ラジオから流れるイギリスのBBC放送によく耳を傾けていたという。 「BBCは当時、ソンミ村の事件を含め、ベトナムの戦争報道をきっちりとしていました。しかし、私自身が、ソンミ村のことをそれほど気に留めていませんでした。なぜなら、戦争で人が死ぬのは当たり前だと思っていたからです」。 米陸軍ウィリアム・カリー中尉率いる米兵部隊が、ソンミ村で504