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2021年6月30日のブックマーク (6件)

  • 圧倒的熱量。『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』もう見ましたか?【感想・考察ピックアップ】 - 週刊はてなブログ

    www.youtube.com 「スタァライト」は作者不詳の物語。 キラめきはどこから来て、どこに向かうのか。 そして、この物語の『主演』は誰か。 私は、それが観たいのです。 ねぇ――聖翔音楽学園三年生、愛城華恋さん? 『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』公式サイトより そして舞台は「ワイルドスクリーンバロック」へ── 『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』 が2021年6月4日から公開中です。 前作からさらなる進化を遂げた、ミュージカル×アニメーションならではの演出とアクション。魅力的な楽曲に彩られほとばしる、舞台少女たちの赤裸々で鮮烈な感情。120分間絶えず観客に莫大な熱量を浴びせかける、今まさに「映画館で見たい」作品です。 はてなブログでも当時話題となった2018年放送のTVアニメ『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』が迎えた結末の、さらにその続きを描く作。この特集では

    圧倒的熱量。『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』もう見ましたか?【感想・考察ピックアップ】 - 週刊はてなブログ
  • 「何者かになりたい」と願う人とそうでない人、どこが違うのか

    先日、私の新しい『何者かになりたい』がイーストプレスさんからリリースされた。 想定読者は「何者かになりたい」と願わずにいられない人や「何者にもなれない」と悩んでいる人だ。 そうした気持ちをどこかに抱えながら中年期を迎えた人も、潜在的読者かもしれない。 ところで、この「何者かになりたい」「何者にもなれない」といったフレーズには、シンパシーをおぼえる人とまったくおぼえない人がいるのが通例だ。 たとえば先月、講談社ビジネスに 『「何者かになりたい人々」が、ビジネスと政治の「い物」にされまくっている悲しい現実)』という記事が公開された時、twitterはてなブックマークではこうした気持ちへのシンパシーがたくさん書き込まれると同時に、「そんな気持ちになったことはない」という書き込みも少なくなかった。 先月公開された『いい年した大人の『何者かになりたい』という感覚は、けっこう厄介。』という記事で

    「何者かになりたい」と願う人とそうでない人、どこが違うのか
    amamako
    amamako 2021/06/30
    やっぱりこの種の議論をするんなら、もう一度宮台を参照すべきではないかと思うようになってきた/記事書いたhttps://amamako.hateblo.jp/entry/2021/06/30/193646
  • COMING SOON

    COMING SOON

  • 承前4 - MIYADAI.com Blog

    承前3につづく 宮台 近代社会の社会システムでは、以前とは違ったことが起ります。たとえ〈社会〉の外側に〈世界〉が拡がると観念される複雑な社会でも、近代以前には〈社会〉のクロックと〈世界〉のクロックがシンクロしました。日の出と日の入が典型ですが、〈世界〉の時間に合わせて〈社会〉を営むしかなかったのです。社会が複雑になってくると、至る所にサブシステムができて、それぞれ特別なクロックを持った作動領域になります。そうなると、人が〈世界〉のクロックなんぞに共振されちゃたまらない。ランディさんのおっしゃる通り、近代社会では僕たちが〈世界〉から隔離されがちになるわけですね。 複雑な〈社会〉が回るには僕たちが〈世界〉から隔離される必要があります。以前の社会のように僕たちが〈世界〉に開かれていたのでは〈社会〉が回らない。だから、複雑な〈社会〉になるほど、僕たちから〈世界〉への敏感さが免除されるどころか、敏感

  • はてな村民がなりたかったのは主人公ではなく竹林の七賢 - フロイドの狂気日記

    anond.hatelabo.jp 違うんじゃないかなあと思った。昔からバズった長文エントリなんかは、ユーモアがあって、世間やパンピーたちのよくある意見とは一線を画したモノだった気がする。インテリジェンスがあって、世相を切るにも根拠があって、キラリと光るものがあった。陽キャになれないだろうが、根暗でウジウジした陰キャにならずに、書を開き、涼しいところで思索にふけって論を組み立て発表するような。 今のはてな村の閉塞感はつまるところ、冷静で論理的で大衆に引きずられないないインテリジェンスとユーモアを持つ自画像、あるいはそういった理想像が消え失せて、極論と罵倒と短絡的なコメントで溢れかえった上に、ホットエントリに時折現れる七賢ちっくなエモ長文がゼロになった事による失望なのだと思う。 youtubeあたりでウェイウェイやっている陽キャたちより害悪な存在にまみれて、実はそのことも薄々気づいているけど

    はてな村民がなりたかったのは主人公ではなく竹林の七賢 - フロイドの狂気日記
  • ゼロ年代インターネット:自己表現と産業の幸せな結婚|yuco

    書くことがなくなった - phaの日記 もし書くことがなくなったら、俺らは一体なんなんだ - シロクマの屑籠 結局みんなキャッキャウフフしたかっただけなのか - phaの日記 シロクマ先生やphaさんなどの投稿をきっかけにして、いわゆるゼロ年代の、わたしもそこに参加していた、はてなダイアリーを中心としたブログ、あるいはweb日記の盛り上がりはなんだったのか、と考えた。 ブログ(やそれ以前のweb日記・テキストサイト)以前には、特に有名でもない個人が思うことを文章に書いて共有などできなかった。そういう個人による表現の面白さと、それを可能にするインターネットで表現のプラットフォームを作る産業の盛り上がりが同時に起こり、当時はある種のハネムーン期だったとおもう。なんだか社会が変わるかも的な期待があって、でもまだまだブログなどを書いたり読んだりする人は社会全体からみたら少数派なのでそこを接点に出会

    ゼロ年代インターネット:自己表現と産業の幸せな結婚|yuco