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2011年7月7日のブックマーク (5件)

  • 猿虎日記

    sarutora.hatenablog.com というわけで、タイムモアのコーヒーミル、応援したいと思います。……高いので買えないのですが(買わんのかい!) ……と、書いたのですが、結局買ってしまいました!タイムモアのコーヒーミル。 TIMEMORE C3amazonだと1万円を超えるので、ちょっと買えないな……と思っていたのですが、これまた中国のアリババグループのネット通販、Aliexpressで6千円台で売っていたので、それでも高いとは思ったのですが思い切って買ってしまいました。 https://ja.aliexpress.com/item/1005006389606750.html (ていうかさらに値下げして5千円台になっている……。) ちょっと高かったですが、でも買って正解でした。いままで使っていたのがHARIOのこれだったのですが HARIO(ハリオ) コーヒーミル ブラック セ

    猿虎日記
    yomimonoya
    yomimonoya 2011/07/07
    「「サルトルを卒業してデリダへ」というのは、フランスや日本の「思想界」とやらにおいては、「脱構築だ、差延だと謳われた」現代思想ブームの頃の、極めて「通俗的」な風景でもあった」←憶えあり過ぎでアイタタ。
  • Untitled, Unmarked: S.E.スミス「スプレイニンって何?私の知ったこっちゃないし!」

    12:18 AM S.E.スミス「スプレイニンって何?私の知ったこっちゃないし!」 原文 「説明・解説すること(イクスプレイニング)」を縮めたスプレイニンというのは、このウェブサイト(訳注:原記事の掲載されたブログのこと)を含む社会正義に関わる場で近頃よく出てくる言葉で、少し考えてみる価値があるように思う。そもそも、「スプレイニン」と人々が言ったときに誰もが明確にその意味を分かりはしないかもしれないし、そのうえ、その言葉をめぐっては決定的に重要な現象が見られるからだ。 端的に言えば、スプレイニンとは可能なかぎりでもっとも押し付けがましく、偉そうな仕方でなされる「説明・解説(イクスプラネイション)」のことだ。スプレイン(訳注:「スプレイニン」の動詞形)してくるひとは、自分の意見や信条が「実際に生きて得られた経験」よりも上回ると強く感じていて、みなにその事実を知らせたいと望んでいる。残念な

  • 常温でバターを1ヶ月保存できるオシャレな器”バターベル”

    今日のゲストは土屋尚史さん。 土屋さん、日に帰って来てまだ数日しか経っていません。 どこに行っていたと思います? 実は土屋さん、この3ヶ月間サンフランシスコのWebコンサルティング会社btrax,inc.でインターンとして働いてました。 土屋さんがどのような経緯でサンフランシスコに行くことになったのか、また、サンフランシスコで経験されたことは、こちらのブログを見ればすべてわかります。 Like a Silicon Valley~サンフランシスコで働く27歳パパディレクターのブログ~ このブログは土屋さんが「シリコンバレーに行きたい!」と思い始めたころに立ち上げられ、一番初めの投稿である2010年12月16日の記事には「シリコンバレーに行きたいんやー」というタイトルとともに、次のように書かれています。 このブログは、大阪Web制作会社のサラリーマンである私、土屋が来年春にシリコンバレーに

    常温でバターを1ヶ月保存できるオシャレな器”バターベル”
    yomimonoya
    yomimonoya 2011/07/07
    これは欲しい!
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    わたし的棚ぼた一万円選書 急に千葉さんに手渡された封筒、開けてみたら1万円札が1枚。何ごとかと思えば、同期の出張を代わったお礼をもらったらしい。 「葵はワンオペで育児してくれたから」と半分わけてくれました。 泡銭の1万円 これはもう、わたし的1万円選書をしろという思し召しなのでは……

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    yomimonoya
    yomimonoya 2011/07/07
    「でも、その輝かしく見える炭鉱の発展でなくなられた多くの労働者の方や日本で強制的に労働させられた朝鮮人、中国人の方についてもきちんと伝えて欲しいと思いました」
  • 『満韓ところどころ』雑感 - heuristic ways

    『満韓ところどころ』を読み終えた。途中でふと気づいたが、漱石がこの旅行をした1909年は、まだ清朝の時代である。中村是公の馬車の「別当(べっとう)」(=馬丁)が「辮髪(べんぱつ)を自慢そうに垂らして」いるという描写がある。ちくま文庫版の注によると、辮髪は「もともと満洲族の習俗で、のち、満洲族が清国を建ててから中国人一般に強制したが、中華民国になって廃止された」とある。辛亥革命によって中華民国が成立するのはこの2年後(1911年)ということになる。  私がこの紀行文を読みながら疑問に思ったのは、漱石は漢詩や南画などの中国教養を充分持っているのに、現実の「支那人」や「朝鮮人」に対しては、ごく普通に蔑視的な眼差しを注いでいるのは何故か、というようなことだった。 人力(車)は日人の発明したものであるけれども、引子(ひきこ)が支那人もしくは朝鮮人である間はけっして油断してはいけない。彼等はどうせ

    yomimonoya
    yomimonoya 2011/07/07
    確かに、漱石の視線はどうしようもなく階級的だ。それは同時に中国古典を生み出した文人たちの視線でもあり、そうした永年にわたる侮蔑に対する庶民階級の怒りの発露として文化大革命はあった、とも言えるだろう。