パネルディスカッション1 「日本漢詩の古典化と近代の文芸批評及び教科書」 日本漢詩文のうち、どの作品が、名詩や名文と呼ばれるかは、その時代時代の思潮や教育が大きな影響を与えている。本パネルでは、主として江戸時代の漢詩を対象として、明治期以降、どのような過程を経て、名詩となったか、すなわち、古典化されたかについて検討する。明治期以降を通覧した場合、とくに古典形成の動きがとくに顕著な時期として、明治30年代(1900年代頃)と、昭和40年代(1965~74年頃)を挙げることができる。 明治30年代は、1904(明治37)年に国定教科書が採用され、それまで多様な試みがなされていた中学漢文教科書が一定の方向に集約され、掲載される漢文作品の質が統一的になった時期である。と同時に、小説などを通じて、広瀬淡窓「桂林荘雑詠示諸生」などの詩が一層人口に膾炙することとなった時期でもあった。 一方、昭和40年代
公開シンポジウム 第1回 日本漢文学総合討論 A Symposium of Japanese Kanbun : A Comprehensive Study on Chinese Prose and Poetry Written by Japanese, 2015 新しい学問の環境において日本漢文学をどのように研究していくかについて考えるシンポジウムです。多くの方の来場をお待ちいたしております。 2015年3月23日(月)10時30分-17時30分 大阪大学豊中キャンパス文学研究科本館大会議室 開会の辞・趣旨説明 10:30-10:40 パネルディスカッション1 10:40-12:10 日本漢詩の古典化と近代の文芸批評及び教科書 合山林太郎 GOYAMA Rintaro (大阪大学) 高兵兵 GAO Bingbing (中国・西北大学) 大阪大学学生チーム 鈴木加成太 SUZUKI Kan
日本漢文学プロジェクトのシンポジウムなどでの発表・報告中心をに、18篇の論考で構成された雑誌がまもなく刊行されます。古代から近代まで、日本漢文学の最新、多様な研究成果がご覧いただけるかたちになっております。お手に取っていただければ、うれしく存じます。 『文化装置としての日本漢文学(アジア遊学 229)』(勉誠出版、2019年2月28日〈予定〉) 滝川幸司・中本大・福島理子・合山林太郎編 http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=100973 目次 Ⅰ 古代・中世漢文学研究の射程 平安朝漢文学の基層―大学寮紀伝道と漢詩人たち 滝川幸司 長安の月、洛陽の花―日本古典詩歌の題材となった中国の景観 高兵兵 後宇多院の上丁御会をめぐって 仁木夏実 誰のための「五山文学」か―受容者の視点から見た五山禅林文壇の発
わすれもの、うせものがたえない毎日を送る忘却散人(飯倉洋一)のブログです。2008年3月スタート。日本近世文学。 軽い読み物として、推敲もなしに書いていますので、学術論文などへの引用はお控えください(どうしてもという場合は、事前にコメント欄にでもご連絡下さい)。エッセイなどでの引用やSNSなどでのリンクはご自由にどうぞ。 同僚の合山林太郎氏さん、元々得意な英語を生かした職に就きたかったらしい。大阪大学でOUSSEPという留学生のための英語授業カリキュラムがあり、我々も3年に1度オムニバス形式で担当し、私などは四苦八苦しつつ、結局TAの力を借りてやっとのことで1コマをやっているのだが、合山さんなどは、その英語力を” excellent !” と授業アンケートに書かれるくらいで、前回はコーディネータとして、数回授業を担当されたほどである。実際、英語で留学生の方と会話しているのを聞いたことがある
貴重な漢文資料を収めた「琉球王国漢文文献集成」36冊を囲む(左から)陳教授、楊教授、榮野川館長、高津教授=うるま市立図書館 【うるま】琉球王国時代に編まれた漢文の文献や漢文の著作をまとめた「琉球王国漢文文献集成」全36冊がこのほど、中国・上海復旦大学出版部から発刊された。日中の研究者が協力し、県内や国内外の20施設が所蔵する資料70点余を収めた。続編の出版も予定されている。 出版に関わったうるま市立図書館の榮野川敦館長は「戦争で焼失したとされている資料の調査を20年かけて行い、600点の資料をさまざまな施設が保管していたことを確認した。戦前期にかなりの資料が本土に流出したようだ。これらの資料を一度に見ることができるのは研究者にとって有益ではないか」と話している。 鹿児島大学法文学部の高津孝教授、国文学研究資料館(東京)の陳捷准教授らが中心となり出版に取り組んだ。県立図書館、琉球大学付属図書
日本漢文文献およびその関連文献の基本的書誌を、国内にとどまらず海外をも視野にいれて集中的に網羅したデータベースです。 令和6年10月現在、検索できるデータレコード数は45,100件です。今後もデータを入力していく予定でありますが、検索されたデータは一部であることをご承知ください。 なお実際に書籍を利用される場合は、あらかじめ各機関に問い合わせのうえ、それぞれの利用システムにしたがってください。 本データベースに関する、お問い合わせ、ご意見ご要望は eastasia@nishogakusha-u.ac.jp までお願いします。 検索画面へ 検索について 検索にあたっては、以下の要領により入力をお願いします。 古典籍書誌所在情報を検索する場合は、「詳細検索」に必要事項を入力。 「簡易検索」を利用する場合は、本データベース冒頭にある検索説明の項目をクリックして、その方法を確認。 論文目録のみ検索
ネットに長く入り浸っていると、「微レ存」というネットスラングをどこかで聞いたことがあるかもしれません。これは(可能性が)「微粒子レベルで存在する」を略して作られたことが解明されています。 略しすぎて何だか分からなくなったシリーズ 「微レ存」ってどういう意味?(ねとらぼ) http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1307/24/news132.html ネットで見かける「微レ存」ってコトバ…どんな意味なの?(NAVERまとめ) http://matome.naver.jp/odai/2138267066332571201 ところが、「微レ存」の「レ」が漢文訓読の返り点の「レ」に見えなくもないことから、「微レ存」漢文説も根強く囁かれているのです。そもそもレ点を除いた「微存」という漢文の語句はあるのでしょうか。 『隋書』巻76列伝第41 文学 潘徽伝 「且文訛
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/false_menu/?id=6096958 などというニュースグループができてしまうなど、情けないにも程がありますが、こういう時に使われる故事成語といえば、もちろん「羊頭狗肉」。 そういえば出典を知らないなー、と思ってとりあえず『大漢和辞典』を引いてみたら、『恒言録』が引用されるありさまでした。 『恒言録』というのは清の大学者、銭大繒の著作で、巷間に流布していた俗語や俚諺、決まり文句の類を集成してその典拠を明らかにしたりコメントをした、大変面白い本です(『嘉定銭大繒全集 第八巻』江蘇古籍出版社所収。当該箇所は183頁)。ただ、それが出典になってしまうのはまずいだろう、と思ってよく見てみますと、古典に出てくる形としては「懸牛首於門、而売馬肉於内」(『晏子春秋』)やら「懸牛頭、売馬脯」(『後漢書』百官志三・注所
漢文スタイル [著]斎藤希史 「晴耕雨読の毎日だった学生は窈窕(ようちょう)たる下宿の娘にふられ、故郷に帰って緑陰読書の生活をした」。ん? 何かおかしい。 無粋を承知で現代語訳してみよう。「寸暇を惜しんで勉学する毎日だった学生は、陶然とするほど美しい下宿の娘にふられ、故郷で読書三昧(ざんまい)に世事を忘れた」となる。あれ? まるで明治の小説にあるようなこのストーリーは、本書を読んでいて私の頭に浮かんだ作りごとであるが、ここに出てくる「晴耕雨読」「窈窕たる」「緑陰読書」は、現代日本で一般的に知られている意味とちょっと違うのだ。ここでは「晴耕雨読」は「老後は別荘でも買って悠々自適」といった意味ではない。違いの理由は、こうした熟語の多くが漢文に背景を持つからなのだ。 日本の文献が「漢文文化圏」(「漢字」ではないのに注意!)という、漢文と訓読文の二重性を持つ文化の中に位置づけられることを明らかにし
川合, 康三, 大谷, 雅夫, 黒田, 真美子, 小島, 毅, 後藤, 昭雄 (担当:分担執筆, 範囲:小野篁、島田忠臣)
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そういえば、これを某所で漢文実習課題の一つとして出すのを忘れていたよ(もう課題としては出さないと思うので、記事に)! おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きますが、王は・・・ 勘の良い人は訳文を見ただけで気づくと思いますけど、一応、原文はこう。大智度論より。 (『大正新脩大蔵経』巻25、76b) 訳文の誤りを正しなさい。配点:10点。 狩りをするのに田んぼに出る、というのが不思議だとは思わなかったのだろうか・・・w
隋の煬帝の墓が出土 http://d.hatena.ne.jp/nagaichi/20130416/p1 の続きのエントリですが、続報らしい続報はありません。揚州市考古研究所が出してくる情報もさして増えておりませんで。いやま各地で交わされてる議論の紹介ならいくらでもできるのですが、不完全な情報に基づく推測交じりの議論なので、後から出る情報で否定されると訂正が面倒ですので。しかし、どこの国でもネット上では懐疑論のほうが目立つ…くらいは言ってもいいかと思います。 http://togetter.com/li/491459 今回の発掘の指揮をとったのは揚州市考古研究所ですが、マスコミに露出してるのはそこの所長の束家平という人です。束家平氏は隋の煬帝の墓に間違いないとトーンが高いのですが、国家文物局のほうが慎重な態度という面白いことも起きています。 http://collection.sina.c
例の積ん読解消プロジェクト(新年度のプロジェクト - Cask Strength)、忙しくて本当に細々としかできていないのですが、とある仕事にも関係するので、さきほど洪湛侯『文献学』(藝文印書館、再版2004年)の目次をぱらぱらと見ていたら、「第三編 歴史編」の節題が少しおもしろいことになっていました。 全て六字で揃えている^^; 以下、第三編全ての章題・節題。 第一章 先秦(起源期) 第一節 多種載体紛呈 第二節 古書始有注解 第三節 孔子整理六経 第四節 編纂已有準則 第五節 子書別具特点 第六節 書籍毎多散佚 第二章 漢(奠基期) 第一節 簡帛碑刻同用 第二節 劉向校理群書 第三節 班固編成漢志 第四節 鄭玄遍注群経 第五節 辞書各有創例 第六節 経学始分今古 第七節 刊刻熹平石経 第八節 弁偽開始起歩 第三章 魏晋至隋(変遷期) 第一節 逐歩廃簡用紙 第二節 校理汲冢遺書 第三節
名著の誉れの高い楊伯峻氏『春秋左伝注』(修訂本)は特に中国で広く利用されているという印象で、札記・商榷の類も多いですね。 私が目にしたのはそのごくごく一部にすぎませんが、せっかくなのでそれぞれの書評が言及している左伝の条文を一覧化しておこうかと。第3版(2009年)で何かしら対応されているものも多いでしょうけど(私は未見)、修訂本『春秋左伝注』を利用される場合は、あわせてご参照を。本来は経・伝を区別すべきですが一緒にしてしまいました。 いつものごとく即成なので誤りの多いことを懼れます。 春秋左伝注勘誤四則(張淑一、古籍整理研究学刊、2005) 春秋左伝注考弁(陳篠芳、西南民族学院学報、2003) 春秋左伝注商兌二則(趙宗乙、泉州師範学院学報、2006) 春秋左伝注商榷(袪紹維、江西教育学院学報、2001) 春秋左伝注注釈商補(馬啓俊、阜陽師範学院学報、2004) 春秋左伝注注文商榷五則(陳
田中慶太郎(1880-1951)『羽陵餘蟫』(文求堂書店、1938年)に、唐の李鼎祚『周易集解』の条があり、次にようにいいます。 支那では是書の影宋寫本は稀に傳はつてゐるが宋刊本は無い。ところが昨年神田教授が歐州旅行中、獨逸國で宋刊本を發見せられた。『書誌學』昭和十二年二月號に詳細なる同教授の論文が載せられてある。(p.10) この宋刊『周易集解』、神田喜一郎(1897‐1984)が1936年、ドイツのベルリンにあった、プロイセン州立図書館(Preußische Staatsbibliothek)で見出したものです。 同館は現在、ベルリン州立図書館(Staatsbibliothek zu Berlin)と名を変えていますが、実はこの図書館に、その『周易集解』は存在していません。戦争に巻き込まれ、長らく行方知れずになっていたそうです。 それが近年、京都大学の高田時雄教授により再発見されました
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