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ブックマーク / technique.hateblo.jp (46)

  • 学問言説それ自体ゆえの疎外 - Freezing Point

    ↓こちらの呟きをヒントにしながら。 鍵RT 「society ──をどの様に訳すか問題──は翻訳によってもたらされたものであるとともに、自分たちが他人たちとどのような関係を取り結ぶ(べき)か・そしてそれをどのような言葉で表現すべきか、という課題をもたらすものでもあったわけで、ここでもループ効果が起きている。」 2014-02-12 11:45:41 via web @naoekmr (続き)「ここには、 ・「我々がいま在るように在ることは、どのような偶然によるものなのか」 ・人間に関わる概念の自己適用によるループ効果 ・人々のグループの誕生 というハッキング的な「歴史的存在論」のすべてのパーツが揃っているんだな。」 2014-02-12 11:46:24 via web to @naoekmr @contractio そもそも研究の発端として、「社会」という言葉からは現在、一般的には具体的

    学問言説それ自体ゆえの疎外 - Freezing Point
    contractio
    contractio 2014/02/13
    「語としての「当事者」とそれへの扱い」ってなんだろ。
  • 記述を監禁する秩序を、内側から問題にすること - Freezing Point

    [A] 私たちは、日々の生活の中で「他人や自分のしていること」の記述をしばしば行います。 しかし/そして、そのすべてが 記述された人に対して苦痛をもたらすわけではありません。 ならば、そのうちのいくつかが誰かに苦痛を与えることがあるのだとすればそれは、「記述されたから・対象化されたから」ということ以上の理由が必要でしょう。(こう考えることによって、「記述」や「対象化」について、現在よりももっと立ち入った議論をすることが可能になるはずです。) (「d.提案」) 「問うべき問い」の案をシンプルに ひとつ挙げてみたいと思います。 すなわち、最終的に問われるべきことは、 「ある人(たち)がやっていること-を-別の人(たち)が記述すること・対象化すること」は、どのような事情の下で 誰かに苦痛を与えるものとなるのか ということではないだろうか、というのがそれです。 (「d.提案」) ご提案ありがとうご

    記述を監禁する秩序を、内側から問題にすること - Freezing Point
    contractio
    contractio 2013/10/29
    「内側からの記述」の検索結果。
  •  京都の研究会 - Freezing Point

    23日、こちらのイベントにお邪魔。 合田正人氏の講演、ツボがたくさんあり、非常に熱心に聴く。 会場からの質問も熱い。 「病院環境の思想」というタイトルの研究会なのだが、ルーマンの話が出たり、「ゲシュタルトの動態化」とか、あるいは精神科医の方もいて――つまり僕なりに言えば、「理論的成果の最先端と、臨床現場との対話」を試みる場所と思えた。 個人的には、講演のほか、会場からの三脇康生氏の発言(「理論的な話を現場にどう伝えるか」「震災後の現地の立ち上がり」)と、立木康介氏の「対象a」についての説明(「スタティックな『穴』ではなく、直視の形式の中に割って入ってくる異なるもの」)が印象深かった。

     京都の研究会 - Freezing Point
    contractio
    contractio 2013/04/16
    「合田正人+ルーマン」の検索結果。2005年の記事。
  • 必要な論点は、どこにも書かれていない - Freezing Point

    これもほしい。対策急務。 RT @contractio: 『なぜあの人たちは書いてないことが読めるのか』(河出書房新社) 2013-03-26 10:55:04 via twicca to @contractio これは話が逆で、むしろ この人たちは、なぜ自分が「書かれたことしか読み取っていない」と言えるのか。 社会生活は、つねに「書かれていないこと」の読み取りを強制されていて、 うまく参加できない人は、そこでつまずいている状況があります。*1 「書かれてあることを読み取っている」については、文字や音声の物証を挙げて、目の前で説明できるので、わかりやすいでしょう。ところが、 「書かれていないこともすでに読み取っている」 については、説明が抽象的にならざるを得ません。 「書かれていないこと」の中身は、即物的に提示しにくいからです。 すでにやっていること、なのに 一部の方々は、「書かれたことし

    contractio
    contractio 2013/04/05
    言及されていた。
  • 説明原理や、問題意識そのもののマイノリティ性 - Freezing Point

    《精神科の診断カテゴリ名の運用について》(togetter) 酒井泰斗氏から、私にいただいたレスポンスです(ありがとうございます)。 以下は今の時点でのお返事、というか、とりあえずの整理です。 モチーフの基調音として それまで価値観を共有していると思っていた周囲の人たちまで、 実際に生じたことについての、古臭い解釈に居直ることがあります。 「権威ある誰か」の言い分は、そこでダメ押しみたいに抑圧する(参照)。 「これ、おかしいですよね」 「いや、問題じゃないな」 → 問題意識を分節することそのものが、どうしようもなく孤立する。逆境にある。 あなたには、なぜそれが「問題」だと分かるんですか? あなたが考えを変えればいいのではありませんか? → 新しく説明原理から作り直すしかない。 そしてそれは、既存の解釈格子に捨てられる。 「そんなものは、説明でもないし、問題でもない」と言われ続ける。 「個別

    contractio
    contractio 2013/02/22
    「次のような対比がないでしょうか」←ないです。 「酒井さんは、診断カテゴリを名詞形で尊重し、しかもこれを医師だけが運用するのでなければ、阻害とマスキングは強まると考えている」←考えてないです。
  • 当事者概念の歴史と可能性 - Freezing Point

    語にいう《当事者》(旧字で當事者)は、外国語にうまく置き換えられない。 たとえば英語で「person concerned」「party」などとしても(参照)、日語で《当事者》というときの何とも悩ましい経緯(いきさつ)は、かなり言葉を尽くさないと説明できない――というか、説明しても理解されにくい*1。 そこで、この語が日でいつごろ使われ始めたか、語源的にはどういういきさつを持つのかを調べてみた。 大まかにはこんな感じ: 《當事》という表現は、「コトにあたる」という意味では、中国の紀元前(春秋時代)の記録がある。 幕末〜明治初期に外国の書籍がたくさん邦訳されたが、日に存在しない概念を訳す際には、次のように処理された。 (a)古典中国語の語彙の転用、 (b)中国語に訳されたものの借用、 (c)漢字による造語*2。 (d)自然科学については、蘭学者がオランダ語から訳す際にあみだしていた訳

    当事者概念の歴史と可能性 - Freezing Point
    contractio
    contractio 2013/02/19
    へー。
  • 論じている自分の作業過程に照準できるか (3) - Freezing Point

    【承前】 「酒井泰斗氏による、上山和樹への返答」(togetter) お返事を頂いた形ですが、 私としては、自分の問題提起や説明が、完全に遺棄されたことを確認しています。 それを指摘しても、酒井さんには意味がないでしょう。 となると、私にとっても、これ以上説明する意義がありません。 以下は、現時点の私の理解です。 「主体化の意味が分からない」とおっしゃるのですが、(2)のエントリで、最低限の説明は与えました*1。 そもそも発達障碍は、意識が硬直している話であり、私は以前から、ずっとその話をしています。――要するに酒井さんは、発達障碍という語の運用に介入したのに、発達障碍そのものについては、考えるおつもりがまったくない。 これでは酒井さんは、ずっとご自身の前提に閉じこもったまま、 いくらでも言葉ヅラの介入ができるでしょう。 しかし私からすると、何かの信仰者と話しているような状態です。 私は、

    論じている自分の作業過程に照準できるか (3) - Freezing Point
    contractio
    contractio 2013/01/16
    @ueyamakzk 上山さん、こんなことしてたら百戦連勝ですよ…(´・ω・`)
  • 論じている自分の作業過程に照準できるか (2) - Freezing Point

    【承前】 @contractio / @ueyamakzk せっかくいろいろ書いていただいたので... レスポンスを頂き、ありがとうございます。 とはいえ正直なところ、居直りをされてしまったように感じています。 酒井さんは先日、私が「発達障碍的」という言葉を使ったところ、 以下のようにコメントされています(参照)。 @contractio / @ueyamakzk んーと。「精神科の診断カテゴリを(不... これを「厳密に用いるべきだ」という趣旨と受け止めたのですが、 日常レベルの言い換えとして、私がそんなにひどい曲解をしたとも思えません。 ところが酒井さんは、歌舞伎役者のように 「生まれてこのかた、一度も述べたことのない主張だ」とおっしゃる。 酒井さん(あるいはエスノメソドロジー?)においては、 「不当である」ことと、「厳密ではない」ことの あいだ に、激しい差異があるのでしょう。 ――

    論じている自分の作業過程に照準できるか (2) - Freezing Point
    contractio
    contractio 2013/01/15
    「そんなにひどい曲解をしたとも思えません」っていうけどさ。「発達障害のような診断カテゴリを使うのはやめたほうがいいよ」という主張は、「概念は厳密に用いるべきだ」を_まったく_意味しないですよ。
  • 論じている自分の作業過程に照準できるか - Freezing Point

    菅野盾樹氏の執筆による、「臨床的眼ざしの誕生――医療の記号論」より(強調・改行は引用者): 徴候への眼なざしがそれを〈症候〉と捉えること(症候の生成)はどのようにして可能だろうか。この問いに対しては眼なざしが帰属する「暗黙知」(tacit knowing)の規定性を挙げておいた。つまり症候を捉える眼なざしは、生きられたエクスパートシステム(implicit expert system)のひとつの要素なのである。エスノメソドロジストの目的は、おのおのの社会的実践(医療、教育、司法など)に対して、この種のシステムが明確化する様態を記述することだと思える。彼らは、これをもって、コミュニケーション過程において社会的実践の類的同一性が構築されるという事態の解明と見なしている。 実際のところ、彼らは当該の社会的実践を規定するシステムを前提しているのではないか、という疑いを払拭できない。つまり、彼らの記

    論じている自分の作業過程に照準できるか - Freezing Point
    contractio
    contractio 2013/01/14
    「そういう主張に、なっていませんでしょうか」「そういう話でないかどうか」に対する答えはすべて「否」で。/上山さんは、書いてないこと述べてないことをテクストに読み込まない訓練をしたほうがいいと思うわ。
  • 軽率な診断発言について - Freezing Point

    ツイッター上での議論ですが、お返事があまりに長くなったことと、 広く知っていただきたい論点を含むことから、こちらに掲載します。 よろしくお願いします。 一部のフェミニズムがことさら男女の性差を無きものとしようとするのは、アスペルガーの症状であろう。 2012-11-18 21:22:36 via web 確認のために、質問させてください。これは、「一部のフェミニズムは議論を間違っている」という主張ではありませんよね。議論の間違いなら、これからの努力で改善があり得ますが、あなたがおっしゃったアスペルガー症候群は、脳髄それ自体の問題だとされています。 @kay_shixima 2012-11-19 22:45:12 via web to @kay_shixima つまりあなたは、フェミニズムを標榜する一部の主張者について、「あの人たちは、脳髄それ自体に問題がある」と、鑑別診断上の判断を提案され

    contractio
    contractio 2012/11/21
    これはよろしくない。ここだけは撤回しておきましょう:「むしろそのような振る舞いじたいが発達障碍的」
  • 分析的な 《つながり方》 を設計するために - Freezing Point

    以下の酒井泰斗氏のご指摘は、さまざまな関係者にも読んでいただきたく、まとめてみました。 直接には私へのレスポンスですが、「これにどうお答えするか」というのは、 技法のもんだいとして、時間をかけて議論したいです。 ●「分析にあたっては、継続的な修正のできるやり方が必要」(酒井〔contractio〕氏) 以下、現時点で答えられることにお返事してみます。 《当事者》枠とディシプリン 【1】 「A:苛立ちの分析」は──「苛立っているひとの分析」ではなくて──、「それが生じる状況-に参加している人たちが-何をどのようにしたか-についての分析」を必要とするでしょう。 2012-11-16 22:07:19 via HootSuite @ueyamakzk ところで、そうしたことと、「B:悩んでる人、弱い立場の人を一方的に《当事者》と名詞化するのではなくて、…、分析してもらえませんか?」というお願いの

    contractio
    contractio 2012/11/16
    どうもどうも。例を出していただいたので、少し丁寧に考えてみたいと思います。ちょっと時間をください。
  • 思考が、身体的な動機づけをもつこと - Freezing Point

    エントリは、twitter 上でのやり取りについて、あまりに長くなったお返事をまとめたものです。 直前の大まかな文脈についてはこちらを、さらに詳細なリンク先等はこちらを、ご覧ください。*1 《「理論」という言葉は、どういう意味で使われているか?》(togetter) @ueyamakzk それはそれとして。上山さんは、ここで「理論」という言葉を持ち出しましたが、それは、一方では ちょっと異様な感じがします。(ふつう、他人のやり方(or失敗)を真似したり参考にしたりするときに、「理論」には訴えないでしょう。) 2012-11-14 02:06:40 via web to @ueyamakzk ご指摘ありがとうございます。 「理論という言葉の前提が問題だ」というお返事を書いていたら、酒井さんも 「そもそも理論ってなんだ」 という話をされていたみたいです。 ひとまず私が「理論」という言葉で意味

    contractio
    contractio 2012/11/15
    レスポンスありがとうございます。「(1)の立場を代表して、この数十年間の弁護をしてください」というつもりはないです。念のため。
  • 党派性の分析――現実の集団的構築 - Freezing Point

    カルトとスピリチュアリティ―現代日における「救い」と「癒し」のゆくえ (叢書・現代社会のフロンティア) 作者: 櫻井義秀出版社/メーカー: ミネルヴァ書房発売日: 2009/01/01メディア: 単行購入: 4人 クリック: 42回この商品を含むブログ (12件) を見る カトリックの信仰者であり、宗教学者でもあるという渡辺学氏の論考 「過程としての回心」 に付された注23(p.110)より(強調は引用者): 私は、彼らへのインタビューを繰り返すうちに宗教学者としてのアイデンティティの危機をたびたび感じさせられた。それは、このようなインタビューには宗教学者という枠組みを突破せざるをえない性質があるためである。インタビューされた人々は、私を宗教の問題の専門家として認識し、私に当然のように助言を求めてくることになる。こちらもそれなりにその期待に応えることにならざるをえない。このようにしてい

    党派性の分析――現実の集団的構築 - Freezing Point
    contractio
    contractio 2012/11/14
    「ここに古典的な意味での客観性は存在しない」なる文の意味が分からぬ。
  • 笑いと権力について - Freezing Point

    contractio 氏、「正しいこと言いたいなら 笑いか権力、どっちか取らなあかんで」(togetter) お忙しいところ、お返事ありがとうございます。 【※エントリに頂いたお返事も、togetter に追加しました。】 私は 《権力》 という言葉を、「領土的な反復や強制力」というぐらいの意味で使っていました。 集団のなかで自分だけが笑えない場合、その場に反復される《笑いのスタイル》に、どうしても入っていけない。 これはマイノリティだけでなくて、例えば 「とんねるず⇔ダウンタウン」 のように、それぞれがお笑い強者のはずなのに、同席すると笑えない、ということがあります。 つまり、ある解釈のフレームがその場を支配する必要があって、それが軋み(きしみ)を起こすと、笑えない。私はそこに、権力の話との重なりを読みとったのでした。 周囲が笑っているのに、自分が笑えない場合、それが お笑いのスタイル

    contractio
    contractio 2012/06/22
    リプライありがとうございます。
  • ネット上の努力の、公的な地位は? - Freezing Point

    当ブログでは2009年春ごろから、《つながりの作法》という、日語としてはやや奇異なフレーズを育てていました(参照)。 いわば問題意識のキャッチコピーであり、当時はこれでネット検索をかけると、このブログしかヒットしない状態でした*1。 そこに、以下のが登場。 つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく (生活人新書) 作者: 綾屋紗月,熊谷晋一郎出版社/メーカー: NHK出版発売日: 2010/12/08メディア: 新書購入: 9人 クリック: 165回この商品を含むブログ (28件) を見る 屋で見つけた時はショックでしたが、「フレーズが流通すれば、それ自体が持つ力があるかもしれない」などと考え、わざわざ好意的に取り上げています(参照)。 ところがけっきょく自分でも、「俺のほうが剽窃を疑われるんじゃないか」と感じてしまい、このフレーズを使えなくなってしまった。案の定、アイデアの剽窃を

    ネット上の努力の、公的な地位は? - Freezing Point
    contractio
    contractio 2011/08/23
    タチの悪い研究者:「ブログでいくら頑張っても、業績にはなりませんよ」←上山さん相手に言うことじゃないよね。「論文を書くのにブログを参照させてもらったのですが、参考文献には挙げませんでした」←あほかと
  • 問題化の手続き - Freezing Point

    拙エントリを受けて追加された酒井さんのコメントより: 上山: 「逸脱研究」という問いの作法が先にあって、そこから若者を見ようとする、メタ視点への欲望 ──そうじゃなくて。 ヤンキーたちは「逸脱」してようがそんなに困らないよね?という話でした。 (はてブ) 日の大学進学率は、1990年で25%くらい、2000年で40%くらいであるらしい(Wikipedia:「進学率」)。 「学卒即就職」という「ライフコース」ビジョンは、そのパーセンテージ周辺の人たちにしか関係がない。 たとえば、多くの「ヤンキー」には、こういうビジョンはぜんぜん関係がない。また──ヤンキーではなくても──たとえば高校生活を地方都市でおくった私にとっても、「大学に進むか否か」というのは 明確に「選択の問題」であった。(実際 私自身はかなり悩んだ末に進学を決めた。) (参照) 「そんなの、一部の恵まれた人間の悩みでしかない」と

    問題化の手続き - Freezing Point
    contractio
    contractio 2010/03/16
    あらまぁ。 「一部の恵まれた人間の悩みでしかない」とも「ほっとけばいい」とも書いてないよ...。
  • アリバイ確保のフォーマットと、ライフログ - Freezing Point

    社会復帰が、人への社会的承認を作ることだとしたら、「社会復帰の支援」は、既存のフォーマットに乗っかって、人のアリバイ確保を目指すことです。 しかしそれは、順応主義でしかない。 一定の関係秩序の担い手は、単に自分の領土を広げようとするだけでなく、関係作法そのものの広がりを画策します。 直接「自分の領土」が増えずとも、自分の依拠する関係作法の領土が増えることが、自分の権益になる(別の作法を導入されると、その人の権利主張は不当なものとなってしまう)。 たとえば現状では、役割理論的な固定*1があるため、「ひきこもり経験者による迷惑行為」は、多くが黙認されています*2。 そのため、この状況に問題提起するには、単に「被害がある」と訴えてもダメで、《迷惑行為を黙認させてしまう当事者論》そのものを書き替えなければなりません*3。 ところが、不当な当事者論によってこそ自分の居場所を見出せたと思う人たちは

    アリバイ確保のフォーマットと、ライフログ - Freezing Point
  • 「あぶなくて言語化できない」 - Freezing Point

    先日の合評会では、酒井さんから次のような趣旨のご発言がありました(参照): アカデミック・ポストのある人は、その質問には危なくてコメントできません。 私がエスノメソドロジー(EM)に求めたものと、「やっぱり無理ではないか」という懐疑は、↑この一文に示されています。 EM は、「言葉にすることが憚られるが、でもそれを言葉にしなければ問題に取り組んだことにならない」ことを言語化するために、手続きになってくれるか。 それとも、EM という方法自体が、問題の隠蔽に加担するものでしかないのか。 ――いや、この言い方は正確ではありません。 どういう方法を選んだとて何某かの抑圧は避けられないのですから、当の焦点は、それが 抑圧や忘却に気づくたびにそれを改善できる手続き を持っているかどうか、です。 何を言葉にしなければならないかがあるルーチンで決まっていて、それが《決まっている》のが耐え難い。 しかし

    「あぶなくて言語化できない」 - Freezing Point
    contractio
    contractio 2010/03/14
    これのことね。http://bit.ly/cCFUVW 無駄に想像力羽ばたかせ過ぎです。
  • 問いの固着 - Freezing Point

    石川良子『ひきこもりの〈ゴール〉―「就労」でもなく「対人関係」でもなく (青弓社ライブラリー (49))』に対する、酒井さんのコメントより: この箇所とか、自分にとっては──「世の中には こういう考え方もあるのか!」的な意味で──衝撃的だった。[p.143-144]  (参照) このご発言がこたえました。 というのも、私は石川氏が描こうとされている考え方のパターンが、 説明すればすぐに通じるし、多くはすでに共有されている考え方 という前提をもって、エスノメソドロジーへの質問や、酒井さんへのお返事を書いていたので。それなら、私が何を論じようとしているか自体が伝わらないのは、当然かもしれず。(考えてみれば、ひきこもりを論じるたびごとに、こういうことをくり返してきたはずでした。)*1 「気持ちを分かってもらう」とは別のレベルで、《基事情を受け止めたうえで為した仕事が、何をやってるのか理解されな

    問いの固着 - Freezing Point
    contractio
    contractio 2010/03/14
    「「逸脱研究」という問いの作法が先にあって」──そうじゃなくて。ヤンキーたちは「逸脱」してようが(いろいろ生きる道があるので)そんなに困ってないよね?という話でした。
  • 2010-03-10

    【「6」のつづき】 社会復帰が、人への社会的承認を作ることだとしたら、「社会復帰の支援」は、既存のフォーマットに乗っかって、人のアリバイ確保を目指すことです。 しかしそれは、順応主義でしかない。 一定の関係秩序の担い手は、単に自分の領土を広げようとするだけでなく、関係作法そのものの広がりを画策します。 直接「自分の領土」が増えずとも、自分の依拠する関係作法の領土が増えることが、自分の権益になる(別の作法を導入されると、その人の権利主張は不当なものとなってしまう)。 たとえば現状では、役割理論的な固定*1があるため、「ひきこもり経験者による迷惑行為」は、多くが黙認されています*2。 そのため、この状況に問題提起するには、単に「被害がある」と訴えてもダメで、《迷惑行為を黙認させてしまう当事者論》そのものを書き替えなければなりません*3。 ところが、不当な当事者論によってこそ自分の居場所を見

    2010-03-10
    contractio
    contractio 2010/03/12
    おしまい???