Jリーグを頂点としたピラミッド型のリーグ構造を形成し、各年代、各カテゴリーのチームが参加できる各種大会・リーグを整備しています。
![第11回日本サッカー殿堂 掲額者発表](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/36de5c65a4f7e4052553cb0f58e6b5c4e473c269/height=288;version=1;width=512/http%3A%2F%2Fwww.jfa.jp%2Fimg%2Fcache%2F53df4c93-0778-4528-97b8-4a47d3093d95.jpg)
サッカー実況アナウンサーの草分けで今年の日本サッカー殿堂入りを果たした金子勝彦さん(78)=横浜市南区=が25日、横浜市役所に林文子市長を訪ねて放送界では初の栄誉を報告した。 金子さんといえば、東京12チャンネル(現テレビ東京)で1968年から20年間放送された、海外サッカーのダイジェスト番組「ダイヤモンドサッカー」の名調子で知られる。 林市長から「放送開始当時、今のようなサッカー界になると思いましたか」と尋ねられ、「きっと来ると思っていましたが感無量です」と時代を切り開いた人らしい思いを明かした。 放送界で初の栄誉について、金子さんは「びっくりした」とあらためて感慨を口にした。今も現役でマイクの前に座っており、市長は「言うことないハッピー人生ですね」とたたえていた。
日本サッカー協会は、第9回日本サッカー殿堂に金子勝彦氏、故 奈良原武士氏、奥寺康彦氏、永井良和氏の4名掲額することを決定しました。 掲額式典は9月10日(月)17:00よりJFAハウス 日本サッカーミュージアム内ヴァーチャルスタジアムで開催する予定です。 特別選考(2名) ・金子 勝彦(かねこ かつひこ) 1934年8月30日生まれ サッカー実況アナウンサーの草分け。元テレビ東京アナウンサー。1968年から20年に亘り、テレビ東京「三菱ダイヤモンドサッカー」の司会をつとめた。1974年ワールドカップ西ドイツ大会決勝の生中継を担当。現在も実況、コメンテーター、サッカー番組司会などで現役として活躍中。 ・故 奈良原 武士(ならはら たけし) 1937年7月22日生まれ 2007年没 元共同通信社編集委員室編集長。1970年にFIFAワールドカップメキシコ大会を取材。長く機関誌(現JFA NEW
チョーディンさんの姿が写っている教則本「HOW TO PLAY ASSOCIATION FOOTBALL」。東京都文京区の日本サッカーミュージアムに所蔵されている 短いパスをつなぐ「組織サッカー」を日本に伝えたミャンマー人の親族を、日本サッカー協会が捜している。殿堂入りを決めたものの、日本を離れた後の足取りがつかめないからだ。20日にミャンマーのテインセイン大統領が来日するのにあわせ、外務省も情報提供を呼びかけている。 名前はチョーディンさん。1900年6月生まれで、工業技術者を志して20年ごろ、英国の植民地だったビルマから東京高等工業学校(現在の東工大)に留学。もともとは走り高跳びの選手だった。 ボールを長く遠くに蹴るばかりの当時の日本サッカーを見かねて、パス戦術などを助言。早稲田大学付属早稲田高等学院のコーチを引き受け、23年に始まった全国高校ア式蹴球大会で2連覇した。 続きを読
日本サッカー協会は、第8回日本サッカー殿堂に故 多和健雄氏、クリストファー W・マクドナルド氏、牛木素吉郎氏の3名(特別選考)を掲額することを決定しました。なお、今回は投票選考の実施は、いたしませんでした。 掲額式典は9月12日(月)10:00よりJFAハウス 日本サッカーミュージアム内ヴァーチャルスタジアムで開催する予定です。 特別選考(3名) ・故 多和 健雄 (たわ たけお) 1918年10月29日生まれ 2007年没 1958年改訂の学習指導要領作成に関わり、サッカーの義務教育課程化に貢献。その成果が日本サッカー界の大きな発展につながった。 ・クリストファー W.マクドナルド (Christopher W.McDonald) 1931年12月13日生まれ イングランドと日本の架け橋となり、日本サッカー界の発展に尽力した。 ・牛木 素吉郎(うしき そきちろう) 1932年6月12日生
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