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ブックマーク / blog.szk.cc (14)

  • 「盛られた」現実

    とある仕事で、20代の消費者インサイトを探るためのインタビューの分析みたいなことをしていたとき、こんなことを訊かれた。 「この人たち、どうしてこんなに『素になれること』にこだわるんでしょうね?」 実際、家族や地元の友達といるときに「素になれる」と感じるという話は、当たり前のようでありながら、そこには一種独特な言葉のニュアンスというものがある。それは、「素でない状態」をどう表現するかということと関わっている。素=「リラックス」と考えれば、素でないというのは緊張状態だし、「当の自分」と考えれば、その逆は演じている嘘の自分ということになる。だけど「素でいられる」というのは、そういう状態とは少し違うんじゃないかと思う。 結論からいうと、「素であること」の反対は「盛っていること」だと思う。「盛る」という言葉もまた微妙なニュアンスをはらんでいるけど、おおむね(1)普通よりも誇張して表現すること(例:

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    klov
    klov 2013/08/16
  • ハーバーランドUmie雑感

    前のエントリとは別の話題。数年前から撤退が取りざたされていたハーバーランドの阪急百貨店がついにさよならして、代わりにイオンの資が入ってリニューアルしたハーバーランド。「Umie」という三文字名称はルクアなども含め最近流行りだし、チャネルが限られているとはいえそれなりに前宣伝もしていたのでどんなものかと思って、オープン初日の4月18日、午前中に行ってみたときのファーストインプレッション。 かつて阪急百貨店と「HaRe」と呼ばれていた施設は、それぞれ「サウスモール」「ノースモール」という名前でリニューアル。2階部分だけでなく4階、6階にもそれぞれ通路を設け、一方で通路にガラスを用いることで開放感を演出した、というところだろうか。また1階の通路に配置されていたベンチや観葉植物は撤去され、壁際にいくつかソファーが置かれていたことも、歩きやすさを高めたと思う。 テナントの目玉は、H&MやOLD N

    ハーバーランドUmie雑感
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    klov 2013/05/21
  • 自己啓発するノスタルジーの論理 « SOUL for SALE

    オリンピックに興味を持つのは難しいのだけど、そんな僕でも開会式くらいは(後追いで)見ることになるわけで、なにせ知識のレベルでもかの国について知っていれば、イギリス社会への皮肉たっぷり、もはや開会式関係ないお祭り騒ぎで、アナウンサーの人たちはこの開会式の原稿をもらったときどんな顔をしたのかなあとか、そんなことばかり考えていたのだった。でも同時に思ったのは、じゃあこれを日でやるとしたら、どんな演出で、どんなストーリーにするのだろうということ。Mr.ビーンのポジションはビートたけしなのかもしれないけど、彼がいま開会式でコマネチしたところで、笑える世代はもうだいぶ上の方だ。 まあ普通にやるなら、議論を呼びそうな戦前から終戦にかけての話はうまくすっ飛ばして、高度成長期からのバブル崩壊、長期停滞、ふたつの震災と、現在の日を描き出した上で、このオリンピックを契機に新しい国づくりを目指すぜ!みたいなコ

  • それでも正義の味方は勝つ « SOUL for SALE

    最近、正義の味方と悪の組織を対比させた議論を目にすることが多くなった。元ネタは例の画像だろうけど、大まじめに組織論として語る記事なんかもあって、これはこれで面白かったりする。僕もそもそもあの持ち上げ方にはちょっと疑問なところもあったので、試みに正義の味方よりで理屈を並べてみる。 組織の体制 言うまでもなく、悪の組織には親玉がいて、彼を頂点とする上意下達の組織系統が存在する。それに対して正義の味方は、ときにケンカしたりすれ違ったりすることがあっても、最終的にはチームとして行動する。メンバーにはそれぞれ役割があり、互いの能力を補完しあいながら戦うのである。 目標 悪の組織の目標は「世界征服」だが、それはトップと一握りの幹部に共有されているにすぎない。下っ端の戦闘員は全体的な目標に限定的にしか関与を許されず、ときに特攻同然の戦いを強いられる。それに対して正義の味方は、「正義のため」という抽象的な

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  • プラットフォームとしてのレシピ

    最近、iPadレシピアプリに興味があって、色々と眺めているのだけど、もともと競争の激しい分野だけあって、見ているだけで面白い。とりあえず日常的に使っているものだけご紹介。 日一のレシピ検索!レシピサーチ Googleレシピ検索を表示するだけっちゃそれだけなのだけど、画像付きでさくっと表示できると、あれこれと悩まずに料理が選べるところが気に入ってる。 ぐるなびレシピ こちらはレシピというか、提携店舗のレシピ紹介が主体のレシピ。モデルさんを使って動画で調理しているところが見られるなど凝った作り。 3分クッキング キューピー3分クッキングといえば老舗も老舗という感じですが、アプリの方はシックな感じのデザインで、毎日のお献立のヒントにというつくり。 ネスレレシピ for iPad なんといっても便利なのは音声ナビ。調理中は文字通り手が離せないので、調理の進行に合わせて音声で操作できるのはとっ

    プラットフォームとしてのレシピ
    klov
    klov 2012/04/04
    ”コンテンツの「形」をプラットフォームとして考え、そこに付加価値を乗せるって考えれば、別にソーシャル絡めなくても電子化する展開の仕方ってあるんじゃないか”コストの面から結局現状のようになったのでは。
  • あなたの欲望に寄り添うなら « SOUL for SALE

    一年を振り返って今年は大変だったなあと思うのは、きっと年の瀬がすごく静かで穏やかな人の特権で、それどころじゃないよ仕事だよ、って人も、このサービス社会にはたくさんいる。高度に消費社会化が進むと、今日くらいはお金で買えるサービスに頼らずに家族や友人、近隣の人々と過ごそうぜって人がいなくなるというか、そういう人たちを家から追い出してお金を使わせようとする誘惑が増えていくからだ。 もともとそういう誘惑にはあまり魅力を感じない方で、だからといって年越し蕎麦とおせちが大好きってわけでもなくて、昨年と同じことを書くけれど、要するに僕にとって年末は単に自分の死に思いを馳せる時間なのであって、無理矢理にでも孤独になる必要があるのだ。というわけで、原稿までひとしきり片付けて、何もすることがなくなったことにして、ぼんやりと一年が死ぬ瞬間を待っているのである。 消費社会化と同じ理屈で、僕たちはどんな瞬間にも「し

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  • ライフスタイルセンターの未来

    「ライフスタイルセンター」というコンセプトが日で注目を集め始めたのは、せいぜいがこの4、5年のことだと思う。というか今でもショッピングセンター(SC)界隈の一部を除けば、あまり知られている概念ではないけど。 伝統的にSCでは、NSC、CSC、RSCといった商圏や敷地面積などの規模に基づく区分が用いられてきたのだが、流通システムやニーズの多様化を受けるかたちで、「安いものを大量に買いだめする」ためのSCや、エンターテイメントを充実させたSCなど、それぞれの特徴に基づく(ある意味で雑多な)ネーミングが行われるようになっている。その中でも特に言及されることが多いのがライフスタイルセンターなのだ。 ライフスタイルセンターとは、簡単に言えばコミュニティ機能を包含したSCのことだ。ちなみにこの言葉は、日米でそうとうニュアンスの違うもので、アメリカでライフスタイルセンターと言えば、富裕層向けのゲーテッ

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    klov 2010/08/15
  • 一割の法則

    iPhone4の予約が、初日だけで60万台を突破し、過去最高の勢いなのだという。いよいよスマートフォン市場の格的な広がりか、とささやかれ、テレビの情報番組でも日のケータイのガラパゴス化が問題だと言われるようになってきた。普通に街を歩いていても、主婦層や学生が、普通にiPhoneを使っている場面を目にするようになってきた。様々な意味で、業界の勢力が変わりつつあるぞ、と実感する理由には事欠かなくなっている。 しかし「みんなが使っている」ように思えるiPhoneも、データで見るとだいぶ様相が違う。『ケータイ白書2010』では、昨年10月の時点でiPhoneの使用者率はソフトバンクユーザー全体の6.9%、ソフトバンクユーザーが全体の20.9%だから、iPhoneユーザーは全体の1.4%しかいないことになる。 出荷台数で見ると、MM総研の調査では、2009年度のスマートフォンの出荷台数が234万

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    klov 2010/06/19
  • ハコの中の宇宙

    月曜日、歴代のDoCoMoのケータイが全機種展示されている、と聞いて、ラジオ明けのへろへろの体で表参道へ。ヒルズは久しぶりに行ったけど、相変わらず入り口がよく分からない。でも展示を見ながら切なくなったのは、体調のせいだけではないと思う。 2007年くらいからだろうか。携帯電話の、モノとしてのデザインは完全に停滞しているなというのが第一印象。むろんマイクロタック・ショック以降の小型化、軽量化の流れの中で、限界まで機能を詰め込んだ小さなハコの取り得るデザインのバリエーションはそう大きくないし、ある種の合理的な収斂が結果として生じただけかもしれない。でも、それにしてもほぼ同じ大きさの四角いプラスチックの固まりがただ並べられる光景は、近年になるほど機種の点数が増えることとあいまって、非常につまらない印象を与えるものだった。 ソフトウェア上も(ここ最近のスマートフォンブームを受けてもなお)ほとんど差

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  • 共通善は希望たりうるか

    最近、講義を含めいろんな場面で政治社会や民主主義について考える機会が増えて、どうしたものかと思っていた折に出版された、宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』を週末に読んだ。冒頭から面白いのは、「このは、〈私〉という視点からデモクラシーを考えるです」と書いてあるのだが、その〈私〉に「わたし」とルビが振られていることだ。もちろん、「私」は「わたくし」と読むのだ、などと国語の先生みたいな突っ込みをしたいわけではない。そこに、こののテーマが端的に表れているのだ。それはすなわち、公的な場面で自分を語る一人称としての「わたくし」ではなく、私的な一人称としての「わたし」が、「私」の内実になっており、それがデモクラシーの前提になっているのが、〈私〉時代なのだ、ということだ。 書の前半は、なぜその〈私〉感覚が広がり、問題を生んでいるのかが論じられる。ここで著者は、社会学者が「個人化 Individua

  • せいちゃんとハギオ

    PCクラッシュの影響もあって仕事のスケジュールが押し気味だとか、出張やイベントが続いて疲れてるとか、そんな感じでわけもなく涙がこぼれるだの耳が遠くなるだのとあちこち欠陥ぽい。もっとも研究所時代には締め切りのたびにこんなんだったから、この1年くらいは、そういう「波」みたいなものはなかったってことなのかもしれない。むしろ、凪いでいるからこそ自分をもてあましていた印象。ともあれそういう時期にはネガティブ方向にいろいろと考えを巡らすのが好きで、ちょっと前に自分で書いて戒めたはずの不安定アピールっぽくなってるなあと思う。いかんぞこれは。 ネガティブついでに、ハッピーエンド症候群の続き。誰も不幸にしない、みんなを幸せにする、という考えは、社会の問題、政治的決断の問題へとつなげて論じることもできるのだけど、僕が興味を持っているのは、どちらかというとそういうムシのいいことを言い出す人間が、現実にいたらどう

    klov
    klov 2010/03/13
    ああああああああああ
  • 共感する距離

    秋学期の試験も終わり、成績評価を提出すると大学職員は、一年の最大の山場である入試を前に慌ただしくなってくる。と同時に教員も、休みの間に自分の研究ができればいいのだけど、期末に向けた予算処理や、次年度の講義準備でいっぱいいっぱいというのが現実だ。僕も今年度からは継続的に講義を持つことが可能になったので、これまで以上に試験の答案の分析に力を入れている。といってもテキストマイニングをするとか、そんな高度な話ではないのだけど。 そもそも大学の講義というものは毎年生徒が入れ替わるし、これまでは教える講義も1、2年で変わっていたので、そうした分析は、教員の側にとって「こういう教え方をすると、こう誤解されるおそれがある」とか、「どこの大学に行っても、こういう答案が出てくる傾向にある」とか、そういう勘どころをつかむために行うものになる。たとえば講義で著作権について話をすると、そのテーマを選んできた答案では

  • 「ジリ貧」の美学

    どんな事柄にも、美学というものがある。代表的なのは「滅びの美学」だろう。合理的な判断による生き残りではなく、美意識を貫いて滅びを選ぶという選択は、美が何者にも優越するという点で、それの典型的な例となっている。 しかしながら個人主義化した社会では、その美学は、端的に「死ぬなら勝手に一人で死ね、俺を巻き込むな」という形でしか正当化され得ない。個人が選択する出来事なら、それでもかまわないのかもしれない。では、滅びの対象が、共同体や文化だった場合には? ある時期から、徹夜自慢のようなものを意識的に避けるようになった。自分がどれだけ忙しいか、どれだけ寝ていないかをついつい口にしてしまうのは、誰でもやりがちなことだけれど、仕事をしていくうちに分かるのは、要求された時間内にタスクをクリアすることや体調管理も生産性のうちであり、「がんばればできる」というのは、自分のことを心配してくれる少数の人以外にとって

    klov
    klov 2010/01/09
    良いエントリだ。。。
  • tsudaらない理由

    昨日は、大阪で開催されている若手建築家の展覧会「Architecture After 1995」のキックオフミーティングということで、藤村龍至君と対談。2時間半に及ぶ対談がスケジュールされているのに、いつものごとく「メモを取れ、質問を考えろ、最後まで残れ」という苦行のようなルールを設定する藤村君は容赦ないなあと思いつつも、喋ってる方としては、短くも長くもない、おさまりのいい対話になったという感想。内容についてはどこかで誰かが語ってくれると思うのでそっちを参考に。僕としては、何を喋ったかより、対話したことをきっかけに何をするかの方が大事なのだ。 ルールの設定といえば、当日はトークの前に「今日のイベントはtsudaるの禁止」と宣言して、とはいうものの僕にそれを止める権利はないし、基的に藤村君イベントは実況推奨なのであまり大した効果を発揮しなかったのだけど、ちょっと戸惑っていた人もいたみたいな

    klov
    klov 2009/11/08
    tsudaり、は140字に適切なスピードで要約する必要があるので、その過程で記憶には残ると思う。
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