道端に吐かれたゲボ、階段に吐かれたゲボ、駅のホームに吐かれたゲボ、スクロールしていけばいくつもの、色とりどりのゲボの写真が流れていく。そんなブログがあった。何のコメントもプロフィールもなく、それがどこなのか、どんな意図で撮られたのか、いったい誰が撮っているのかもわからなかった。 ブログタイトルは「ゲボ」だった。 インターネットが広く開かれた空間だなどという言説は、まるで正しく、その正しさゆえにまるで無意味なのだ。例えばいつも通る道の脇にふいに空き地ができたとき、人はいったい今までそこに何が建っていたのか思い出せない。民家だったのだろうと思っても、かつての形も特徴も何も思い出せない。衆目にさらされた環境にあっても誰もが見過ごしてしまう。そんな民家に似たブログは世界中にいくらでもあって「ゲボ」もその一つだった。 2004年から開始され、当初月に1枚ほどのペースで写真はアップされていたが、200