5年前、大学を卒業しても職に就くことの出来なかった僕は、4月からの3ヶ月間を教育、労働、職業訓練のいずれにも参加していない状態、いわゆるNEETとして過ごした後、突然家出をした。 当時、数年前から僕の実家は父親以外全員精神病を伴う家庭崩壊状態が続いていて、僕自身到底就職なんて出来る状態じゃなかったし、就職活動自体の許可がそもそも父親から降りてこなかった。 というのは、僕と父の間には幼少の頃からの約束というか、その堅実さからして契約と呼ぶに相応しいひとつの取り決めがあったのだが、他の兄弟の問題などもあって、履行が延期された状態だったのだ。 その契約というのはこうだ。 ”父が望む進路に進まない場合、20歳の時点で衣食住の援助を打ち切る。” もっとちゃんと言えば、成人を以て勘当とするという内容だった。 これを幼児の時に結ばされた。 教育方針の一種とも言える。父のそれは、世間一般のそれよりも比較的
![5年前、大学を卒業しても職に就くことの出来なかった僕は、4月からの3ヶ月間を教育、労働、職業訓練のいずれにも参加していない状態、いわゆるNEETとして過ごした後、突然家出をした。 当時、数年前から僕の実家は父親以外全員精神病を伴う家庭崩壊状態が続いていて、僕自身到底就職なんて出来る状態じゃなかったし、就職活動自体の許可がそもそも父親から降りてこなかった。 というのは、僕と父の間には幼少の頃からの約束というか、その堅実さからして契約と呼ぶに相応しいひとつの取り決めがあったのだが、他の兄弟の問題などもあ](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/4333b4a82607822c477098bd727001d04e6271dc/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fassets.tumblr.com%2Fimages%2Fdefault_avatar_512.png)