『孤独の発明』のことを忘れたことがない。正確には、この本に書かれていた内容を大部分忘れていたあいだも、自分がこの本を読んでいた状況は忘れたことがない。 それは進学で上京した年の5月で、同じく東京に出てきた高校以来の友達とあの有名な“神田の古本屋街”へ行ってみようじゃないかと相談し、晴れた日曜の昼下がり、待ち合わせに向かう電車の座席はあらかた埋まっていたから、ドアのそばのポールに寄りかかってこの黒っぽい表紙をした新潮文庫のページをめくりはじめたのだった。 ちなみにその日は、古本屋街をめざしていながら山手線の神田駅で降りてしまうという、おびただしい数の先人が繰り返してきたとあとで知ることになる間違いをやっぱりわたしたちも犯したために古本屋を回るどころではなくなって(そもそも日曜日を選んだのも間違いである)、うろうろ迷った末にそこがどこなのかもわからないままたどり着いた書泉グランデでわたしは創元