いま使われている歴史の教科書では聖徳太子の事績や実在に疑問がつけられたり、鎌倉幕府の成立が1192年ではなくなっている。「いいくに作ろう鎌倉幕府」は今や「いいはこ(1185年)作ろう鎌倉幕府」になっているのだ。 そして、教科書の変化で目に付くのは、人物評価の「上がった人」「下がった人」の明暗である。 実在そのものにも疑問がついた聖徳太子が「下がった人」の典型だが、聖徳太子から親書を託され、最初に隋に渡ったとされた遣隋使の小野妹子も、そのひとり。 「無礼な(607年)遣隋使・小野妹子」なんて語呂合わせを覚えている読者は多いかもしれないが、山川出版社の教科書(以下、引用は同社のものより)では、現在では〈600年の派遣に続けて607年には小野妹子が遣隋使として中国に渡った〉と初の遣隋使ではなかったことが明記され、かつては太文字だったのも細字に格下げされた。親書を託した聖徳太子も存在が疑われている