ウィキペディアがソースですが。 →本田雅和 - Wikipedia 2010年9月に夕張を去り、同年10月から札幌で勤務。2012年4月から福島市の福島総局に勤務している。 (中略) 2007年4月から北海道報道センターに転属となり、記者として復活。夕張支局で勤務していたが、『北海道新聞』が財政再建に向けた夕張市の取り組みをスクープすると、その都度市役所の担当部署に怒鳴り込み、記者同士の飲み会でも「あの記事は何だ」と他の記者に文句をつけてエキセントリックになることがしばしばあると報じられた。また、夕張市長の記者会見では質問者としての立場を超え延々と自説を開陳し、他の記者の質問時間を奪うなどの行動が災いして夕張の記者クラブを分裂させるに至ったともいう(本田は、記者会見で、長時間の質問をする事が多い)。 ニューヨーク・タイムズのノリミツ・オーニシ記者と並んで、独自の視点から記事を書くことで有名