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ブックマーク / hituzinosanpo.hatenablog.com (14)

  • ふみこむ。それは こわいこと。でも、 - hituziのブログじゃがー

    すべての ふみこむ ひとへ。そして、すべての たちどまっている ひとへ。なおさら、ふみだすまえで とまどっている ひとへ。 完璧な親って いるのか - hituziのブログ 無料体験コース 「親があっても、子は育つ」 - hituziのブログ 無料体験コース パターナリズムが どうしたってんだ - hituziのブログ 無料体験コース ただしいことって おそろしいものです。それが自分が きめたものであっても、だれかが きめたものであっても、「ただしいとされているもの」であっても。 だって、わたしは、おそらく あなたも、どこにも安住することは できないからです。ふと 気がつけば。ふと、ふりかってみれば。よく まわりを みわたしてみれば。ああ。 どこまでも、いつまでも、どんなときも、自分を せめてはいけないものです。自分で くるしんでは いけないものです。おしだまっては いけないものです。いや

    ふみこむ。それは こわいこと。でも、 - hituziのブログじゃがー
    yomimonoya
    yomimonoya 2013/07/11
    「こたえのない日常を、こたえをださないまま、いきぬくこと。自分のだした こたえに うらぎられ、ぬりかえし、また くつがえす。とらえきれない こたえをかかえて、あゆんでいくこと」
  • 小説『いらっしゃいませ』。 - hituziのブログじゃがー

    あまり小説は よまない。だから、たまに小説を よんだら、ブログに かきたくなる。 夏石鈴子(なついし・すずこ)『いらっしゃいませ』角川文庫。 これは武井麻子(たけい・あさこ)『ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代』で紹介されていた小説。 『いらっしゃいませ』は、会社で はたらく女性への応援歌のようなところがある。だから、なんとなくハッピーエンドで おわる。ずっと よんでいたい感じで、物語が おわってしまうのが さみしく感じて、だけど、ハッピーエンドで おわった。じーんときた。 けれども、わたしはマイナス思考なので、「感情労働に つかれて、仕事を やめた」というストーリーのほうが すきだ。そういう、「人生の えらびなおし」の物語としては、小説ではないけれど、藤木美奈子(ふじき・みなこ)『女子刑務所―女性看守が見た「泣き笑い」全生活』講談社文庫が すきだ(いやな副題だ…)。とくに「保

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    yomimonoya
    yomimonoya 2011/07/31
    「「しかし、しんどいのは「心の もちよう」ではない。だから、労働条件を 改善しないといけないのだ。しごとを やめることも必要なのだ」」
  • 公平とは なにか。 - hituziのブログじゃがー

    「こういう ひとたちが いて、一方で こういう ひとたちも いる。どちらも尊重しよう!」というとき、その関係が どうなっているのかを ちゃんと確認するようにしたい。片方が圧倒的に多数派で、権力的であるなら、「どちらも尊重しよう!」なんてのは そもそも公平ではない。 非対称な関係にあるという現実から出発して、いかにして平等な関係を きずいていくのか。どのように むきあい、対話していくのか。そういうプロセスを すっとばして、ただ「どちらも大事」とだけ主張するのは、なにも いっていないのと おなじだ。 「こうすることも、ああすることも排除につながる。」 それは ただしい。 しかし、それならば、「わたしは どちらを えらぶのか」ということじゃないか。どちらの側に たつのかという主体的な選択じゃないか。えらべないなんてことはない。わたしたちは、現に えらんでいる。 はっきりと意見を 表明することを

    公平とは なにか。 - hituziのブログじゃがー
    yomimonoya
    yomimonoya 2011/07/10
    わたしも 日の丸はきらいだ。その理由は、日の丸の元に死んだ人、殺された人、殺した人のことを無かったことにはできないからだ。
  • 原発の立地(「事故が おきたら賠償が たいへんだから」)。 - hituziのブログじゃがー

    武田徹(たけだ・とおる)『「核」論―鉄腕アトムと原発事故のあいだ』中公文庫(追記:このは『私たちはこうして「原発大国」を選んだ―増補版「核」論』中公新書ラクレとして復刊されました。) いっきに よんだ。参考になった。印象的だった部分は たくさんある。たくさん ありすぎるので、あまり要約したくない。ぜひ よんでみてください。 「1947年論 電源三法交付金―過疎と過密と原発と」(130-152ページ) この章で、武田は1961年の「原子力損害賠償法」の成立について紹介している。この法律をつくるとき、参考にしたのがアメリカの「プライス・アンダーソン法」(原発事故による賠償方法をさだめる法律)だったという。 原発事故による被害が あまりにも ひどい場合には、国が賠償するという、そういう きまりですね。 武田は、1964年に原子力委員会が つくった「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめ

    原発の立地(「事故が おきたら賠償が たいへんだから」)。 - hituziのブログじゃがー
    yomimonoya
    yomimonoya 2011/04/13
    「「余地がほとんど無い」? ほとんどなんかじゃない。事故が おきたら賠償が たいへんだから、都市部には、絶対に、原発は建設しないのだ。それが日本の方針なのだ」
  • 災害時の外国人被災者のための「やさしい日本語」 - hituziのブログじゃがー

    あべ やすし 2010 「識字のユニバーサルデザイン」かどや ひでのり/あべ やすし編『識字の社会言語学』生活書院、384-342 うえの論文で「災害時の外国人被災者のための「やさしい日語」」を 紹介しましたので、その部分を はりつけます。後半では、ろう者を対象とした「筆談のポイント」も紹介しています。参考になればと おもいます。 文章のなかにも ありますが、そのひとが よく わかる言語で情報提供するのが いちばん いいです。それが できないときに、わかりやすい日語で つたえようということです。 6-3 「やさしい日語」 日常の生活に密着する情報は公共性がたかい。そうした情報は、みんなにとどけられる必要がある。なかでも災害時における情報は緊急性もたかく、きちんと検討しておく必要がある。 おおきな災害がおきたとき、「どこで、なにがおきているのか」「どこに避難すればいいか」「いつ救助や支

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    yomimonoya
    yomimonoya 2011/03/12
    平時にも必要なこと、大事なこと……めもめも。
  • 日本の入国管理体制を 批判する。 - hituziのブログじゃがー

    の入国管理体制のなかで、収容されたり、強制送還されたり、労働や健康に関する権利を うばわれている ひとたちが いる。密入国した ひと、偽造パスポートで入国した ひと、資格外 労働をしてきた ひと、オーバーステイをした ひとたちだ。そのなかには出身国で迫害されていたため 国外に のがれてきた ひとたちが いる。難民と よばれる。 ほとんどの ひとが出身国では生活が たいへんだった。それは共通している。それなら、「入管に抑圧されている ひとたち」の うち、難民だけに焦点をあてることは あまり適切ではないと おもう。難民には難民の背景があり、移住労働者には移住労働者の背景がある。その ちがいは きちんと ふまえる必要がある。それぞれに支援団体が必要で、現に役割分担している。 けれども、日の入管体制に興味を もちはじめたときに、難民の人権だけに注目しようとする場合が あるように感じる。その点

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    yomimonoya
    yomimonoya 2011/03/06
    「難民を うみだす国は ひどい国だと いわれる。じっさいに そうだ。けれども、そのような「ひどい国」からの難民を うけいれない国も、やっぱり ひどいのだ」
  • 『介護現場は、なぜ辛いのか』 - hituziのブログじゃがー

    岡類(もとおか・るい)『介護現場は、なぜ辛いのか―特養老人ホームの終わらない日常』新潮社。 いっきに よんだ。著者が じっさいに経験したこと、みききしたことを もとに再構成した小説。とくに 意外な はなしは なく、老人ホームなどについて しっている ひとは予想どおりの内容だろうと おもう。じっさいに おこった事故や事件などが いくつか紹介されている。 三好春樹(みよし・はるき)の『ブリコラージュとしての介護』を よんだとき、あまりにも あたりまえな目標を かかげているのを みて おどろいた。老人介護の現状というのは、こういうことになっているのかと。それから いろんなを よんでみたが、『介護現場は、なぜ辛いのか』を よんで なんとなく理解できたような気がした。 わたしは知的障害者の施設で 3年 しごとをして、やめた。いろいろと制限があったが、それでも、その制約のなかで すきかってに しご

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    yomimonoya
    yomimonoya 2011/02/05
    「ひとりじゃなければ、無力じゃなければ、かえる ちからが あるならば、たのしい。やりがいが ある。むくわれる。希望がある。もっと よくしていける」
  • 「当事者」を 尊重しつつ、依存しない。 - hituziのブログじゃがー

    当事者の意見を 尊重する。当事者の声を きく。だいじなことですよね。その当事者が 社会的に排除されてきた 現実があるなら、きちんと はなしを きくことから はじめないといけない。 いろいろな社会問題が あるなかで、これは ゆるせないと感じ、その問題の解決に とりくむことがあります。そのとき、「わたし」の主体で、「わたしは こんなことは ゆるせない」という問題意識から出発する必要があると おもいます。 逆に、差別に反対したり、日社会の問題に とりくんだり、なぜ そういう社会運動を「わたし」はするのか。それを、いわゆる「当事者」が「いやがっているから」というリクツでやっていると、当事者とされる ひとが「いやがってくれないと こまる」ってことになってしまう。 そうなると、自分の主体よりも「当事者」の主体に依存してしまうことになる。「わたしが いやなんだ」というリクツで うごかないかぎり、「運動

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  • 介護職とボランティア。 - hituziのブログじゃがー

    http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20101022/1287712210 社会貢献活動というと、たいていある種のボランティア活動を指す。たとえば介護ボランティアなんかがあるが、これが素人のボランティア程度ではさっぱり役に立たず、現場に迷惑をかけるばかりというのはよく聞く話である。介護職はきわめて専門性の高い職業なのだ。 んー。介護職が適切にアドバイスしたうえで、できることを してもらえば だいじょうぶだと おもいますね。「素人のボランティア程度ではさっぱり役に立たず、現場に迷惑をかけるばかり」というのは、責任を ボランティア側だけに おしつけてしまっている。そういうのは、うけいれる側(介護職)の問題でもあるでしょう。共同作業ですからね。 人間って おかしなもので、「介護職はきわめて専門性の高い職業なのだ」などと いわれると、そんなことないよと いいたくなる。いっぽう

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    yomimonoya
    yomimonoya 2010/10/23
    「ちかくに いるひとが、たのまれたとき、必要だと自分で おもったときに てつだうということが あたりまえになってほしいです」同感です。
  • 「人件費削減 研修生」で検索してみた(読書案内/制度改正について)。 - hituziのブログじゃがー

    安田浩一(やすだ・こういち)『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』光文社新書。 このは とても充実した新書で、しっかり取材して文章にしています。前半の第一部は中国人研修生について、後半の第二部は日系ブラジル人についてです。 ケン・ローチ監督 映画『この自由な世界で』。 この映画を ぜひ みてください。そして、『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』を よんでみてください。 さて、『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』54ページには つぎのようにある。 送り出し機関も受け入れ機関も、研修制度の来の意味など初めからなかったかのような顔をして、露骨な宣伝を展開している。ネット上や宣伝パンフレットでは、次のようなコピーがあふれている。 「コストダウンの切り札として研修生を!」「あなたの会社の人件費削減に協力します」「低コストで優秀な人材を提供」「人手不足を解消」「若い労働力を活用しませんか」――。 人件費削

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  • スラジュさんのことを かんがえるために(強制送還についてのリンク集)。 - hituziのブログじゃがー

    ガーナ人が強制送還の機中で「制止」されて「ぐったり」して「死亡が確認」された件についてガーナをふくむ世界のひとびとのコメント - ニートのあした ちょっと、それって・・・: ある男性の死 http://www.bochao.jp/article/13683529.html 強制送還中 ガーナ人男性死亡 詳細伝えず「捜査中」 「暴れて」手錠、タオル使用 不法残留のため成田空港から強制送還される途中だったガーナ人男性=当時(45)=が先月下旬、離陸前の航空機内で意識不明になり、搬送先の病院で死亡した。男性が暴れたため、取り押さえるために、タオルと手錠が使われたという。東京入国管理局側の対応や強制送還の決定に、問題はなかったのか。(篠ケ瀬祐司) ◇     ◇     ◇ 「謝罪も詳しい説明もなく、ただ、彼が死んだことだけ告げられた。東京入国管理局の対応には憤りを覚える」 亡くなったガーナ人、ア

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    yomimonoya
    yomimonoya 2010/08/17
    まとめ、ご苦労さまです。
  • 「ともに地域で暮らしたい」心神喪失者等医療観察法に反対する全国の集い in 京都。 - hituziのブログじゃがー

    2010年7月25日の日曜日に、集会があります。 「ともに地域で暮らしたい」心神喪失者等医療観察法に反対する全国の集い in 京都 にちじ:2010年 7月25日(日)午後1時から4時 場所:京都府部落解放センター(京都市北区小山下総町5-2) 交通:京都市営地下鉄 烏丸線(からすません) 鞍馬口駅(くらまぐちえき) 資料代:500円 くわしい案内:「ともに地域で暮らしたい」 心神喪失者等医観察法に反対する全国の集い in 京都 | 全国「精神病」者集団 『カッコーの巣の上で』というアメリカ映画を みたことがあるでしょうか。とても刺激的な映画で、印象的な場面が いくつも あります。そのひとつを ちょっと かいてみます。 主人公は刑務所が いやで、精神病院に はいってきた。強制労働が いやだったからだ。主人公は、病院の看護師やスタッフに反抗しながら自由に すごそうとしてきた。だが、あるとき

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  • 紹介『私の声が聞こえますか―認知症のある人とのコミュニケーションの可能性を探る』。 - hituziのブログじゃがー

    マルコム・ゴールドスミス『私の声が聞こえますか―認知症のある人とのコミュニケーションの可能性を探る』というを ゆっくり よんでいる。いいだ。 去年 かいた論文が「言語という障害―知的障害者を排除するもの」『社会言語学』9号というものだった。問題提起だけして、とくに めざすべき方向性を 具体的に しめすことはできなかった。ただ、ひとつ だいじな点として「『知的障害者にとっての言語』という問題にとどまることなく、知的障害者がおかれた社会環境そのものをといなおす視点が必要だ」と論じた(246ページ)。 「言語能力」という ものさしで、判定され、選別され、排除される。それは、「言語という障害」を 批判しているだけで解決できることではない。社会的排除を なくすことを目標にしたい。 「自活訓練」をして、そして施設からでるという方針は、社会のありかたを かえない。人権を、能力の問題に おしこめては

    紹介『私の声が聞こえますか―認知症のある人とのコミュニケーションの可能性を探る』。 - hituziのブログじゃがー
    yomimonoya
    yomimonoya 2010/05/09
    「認知症のある人」とのコミュ二ケーションに限らず、頭の片隅に置いておくべきこと。とはいえ、器質性の難と本人の狭量による難とでは対応は変わるはずでは……ともにょる(例えばコメント欄のあの人とか)。
  • 国籍差別/民族差別を なくすための読書案内。 - hituziのブログじゃがー

    わたしが問題にしたいのは、「「日人(ヤマト人/和人)」であること」ではない。問題は、属性にあるのではない。どのように行動するのかが とわれるべきだ。 日社会において「民族的な多数派」に「属しているだけ」で批判されるべきではない。だが、この社会に民族差別を のこしているなら、その制度を なおさないといけない。差別制度によって、自分が結果的に得をしているなら、なにを しているわけでもなくても、差別制度に よいしょされた生活をしている。差別を 再生産していると いっても いい。その状況で、「わたしは なにを するのか」ということ。どのように ふるまうのか、ということ。 たとえば天皇制は、戸籍制度とセットになって日社会で生活している ひとたちを しばっている。『非婚の親と婚外子』というで問題にされているのは、婚外子への制度上の差別だ。 戸籍制度は、性別二元論と異性愛主義によって性的少数派を

    国籍差別/民族差別を なくすための読書案内。 - hituziのブログじゃがー
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