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生死に関するmurashitのブックマーク (16)

  • 上司が亡くなった。 - Everything you've ever Dreamed

    「俺はチャンスをピンチに変える男だ…」「責任を取るためにお前ら部下がいるんだろう?」「なるへそ」が口癖で、在職時はその激しい言動で僕ら部下の心を熱くかき乱し、誰からも惜しまれずに2年前に自称寿退職された部長が人知れず亡くなっていた。 部長の死去に地球上で最も落胆しているのは僕だろう。なぜならクレーム処理に出向いた部長が「ミスの原因は…強いて言えば人間の業…ですかね…」「腹を切って話をしましょうや…」と言って新たなトラブルを起こすたびに僕が火消しを任されるなど、仕事の上で散々お世話をしたこともさることながら、結婚パーティーで締めのスピーチをしていただいたように公私共に大変に世話をしたからだ。 あのスピーチは今も語り草だ。「え〜最後になりましたが、長年連れ添った女房との協議離婚が先日成立したことを皆様にご報告させていただき新郎新婦へのお祝いの言葉にかえさせていただきます…」その後の僕ら夫婦の妊

    上司が亡くなった。 - Everything you've ever Dreamed
    murashit
    murashit 2014/12/16
    これはさすがにブクマせざるを得ない
  • 死んだ祖父について - マシバ}クンシッバ

    今年の初夏に祖父が死んだ。 私は死んだ人間の人格について、とやかく言うつもりは無い。というか、好きではない。自分が死んで生前の私についていろいろと憶測を述べられるのは癪だ。己の欲せざる所は人に施す勿れ、である。私自身、祖父については結局小指の爪ほども知ってなどいなかったのだろう。何を知らなかったとして、私がそれを補って語る資格など無い。 よってここでは祖父の遺体の話である(それは良いのかよ)。 私が実家から呼び戻されたのは祖父が亡くなる3日ほど前だった。一月前に、一度具合が悪くなって入院したということで帰った時は、彼は自力で歩くことが出来たし、話すこともした。それから退院して自宅でしばらく過ごした後、容態が急変したとのことだった。私が三重に到着した頃には、自発呼吸はあったものの意識は無かった。命日から逆算すれば、長く苦しい闘病生活などはほとんどなかった計算になる。そのことは、私の取るに足ら

    死んだ祖父について - マシバ}クンシッバ
  • 父が死んだ朝に - XY抄

    オーベルジーヌ実レポ べ物の鼻塩塩(未だに通じるのかな) オーベルジーヌというカレーをご存知だろうか 都内にあるデリバリー専門のカレー屋で、 ロケ弁などで大人気の格欧風カレーが楽しめるらしい いいな〜 いいな〜オブザイヤー 都内の奴らはこんな良いモンってんのか 許せねえよ………

    父が死んだ朝に - XY抄
  • ポルボウにて - short hope

    しかも、かれが加わっていた亡命者の一行がスペイン国境の町に着いたとき、かれらが知りえたことは、その同じ日にスペインは国境を閉鎖したこと、国境の警備官はマルセイユで作成されたビザを尊重しないことだけであった。亡命者たちはその翌日に同じ道を通ってフランスへ戻るものと思われていた。その夜、かれの自殺に感銘を受けた国境警備官は、かれの仲間たちにポルトガルへ進むことを許した。数週間の後、ビザに対する禁令はふたたび解除された。もう一日早かったなら、ベンヤミンは何の障害もなく国境を通過したであろう。もう一日遅かったなら、マルセイユの人々は当分の間スペインへの国境通過が不可能であることを知ったであろう。この悲劇は、その特別な一日にだけ起こりえたのである。ハンナ・アレント 『暗い時代の人々』 11h20、ポルボウ到着。駅の休憩所にはフランスから国境を越えてきたらしき人たちが数人ばかりいて、見知らぬ同士、慣れ

  • 妻が亡くなった……だけど悲しくない

    が事故で亡くなってから二月ほど経った。 しかし実はそれほど悲しくないのである。 当にこれっぽっちも悲しくないかというとそれは嘘になる。 でも悲しいという気持ちよりも「解放された」という気持ちの方が強い。 決して仲が悪かったわけではなく、むしろ良かった方だ。 と一緒に友達に会えば、が幸せそうにしているということをからかわれた。 確かに自分で望んで結婚したわけではない。「20代後半の女性と付き合うなら、男は結婚する責任があるでしょ」みたいなことを言われ、しょうがなく結婚したのだ。 それでも、自分なりにを満足させようと頑張った。 一緒に色々な所に出かけた。たまには喧嘩だってした。 自分の仕事時間を減らして、趣味の時間も取らず、いっぱい話をした。 の不安を解消するために自分の行動に制限をつけた。 はそれなりに結婚生活に満足していたと思う。 自分がそれだけやれるぐらいのだったのに

    妻が亡くなった……だけど悲しくない
  • ハローサマー、グッドバイ - Everything You’ve Ever Dreamed

    足音がする。息遣いがする。むしいむしししし。すぅはすうぅはあ。ときに嬉しそうに、ときに悲しげに空気を響かせる。床、柱、梁、階段、洗面所、便所、風呂、物置、ガレージそして庭。生きている。古い家のいたるところにはかつて住んでいた人の足音や息遣いは生きている。幽霊とかオカルト的なものではなくそこで暮らした人が生きた証拠をキズや傷みとして残している。天国やあの世とかそういう場所じゃなくて、そのキズや傷みのなかにかつて暮らした故人はいるのだと思う。ときどき亡くなったオヤジが僕と弟の身長を測ってくれた柱のキズをみると、寂しさに包まれてしまうときもある。お盆というやつはそうした家のキズや傷みをレコード盤の溝に見立て針を落とし故人の想い出を生きている人それぞれのスピーカーで再生するようなものじゃないだろうか。 僕の住んでいる街では迎え火と、ナスと胡瓜とマッチで拵えた精霊馬で先祖の霊を迎えるのがお盆の慣習に

    ハローサマー、グッドバイ - Everything You’ve Ever Dreamed
    murashit
    murashit 2008/08/16
    死ぬのが恐くなくなった、ちょっとだけだけど。
  • Kikuchi Naruyoshi Australia | Best ways to assure the replacement of the damaged or leaked plumbing line and accessories is done in the right way

    murashit
    murashit 2008/08/08
    赤塚不二夫 / 非公式掲示板
  • すがすがしい自殺:オカルト板もぐり

    2024 02 ≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫ 2024 04 *管理人の選ぶ洒落コワ傑作選です すがすがしい自殺 325 : 当にあった怖い名無し 2006/08/03(木) 17:46:17 ID:IbNBrz1b0 俺、会社から自宅まで徒歩5分のマンションの4階に住んでてさ 毎日昼飯いに家に帰ってるのな。 仕事も区切りついたから昼にすっか~、と思いチャリで帰宅 階段の前にさ自転車止めてトントントン~2段飛ばしで上ってたのよ 2段飛ばししてるから下見てるじゃんだから階段の踊り場に人いるの気づかないでさ 軽くぶつかりそうになったのねwそしたらさ相手の人もさ、妙に驚いてたのよwww もうさ小学生ばりの階段の上り方だったし、相手の人のビビリ方も尋常じゃなかったから 自分の中でかなりウケテさwww、笑いながら

  • GNP - 柿子memo。

    国民総生産のことではない。 今年度もまた調理師専門学校にて非常勤講師を務めることになったのだが、そこでGNPの当の意味を知り、近年まれに見る衝撃を受けたので報告させていただきたい。 講師控え室での出来事。この学校では調理師として必要とされる様々な学問を教えているのだが、講師の大半は定年退職後に非常勤講師として教鞭を執っているシルバー世代で占められる。最近でこそ若い講師もちらほら見受けられるようになったものの、講師控え室はさながら甘い加齢臭漂う老人集会所といった様相である。しかしさすがに教師を務めるだけあって非常に元気なお年寄りが多く、頭の回転も早くまた弁が立ち、政治経済の話から下世話な話まで実に幅広い話題で盛り上がっていることが多い。 その日は後期高齢者医療制度の話で持ち切りだった。私はというと文庫片手に年寄りらの話に耳を傾けていたのだが、いやはや当事者なだけあってきっと切実な問題なん

    GNP - 柿子memo。
    murashit
    murashit 2008/04/22
    これはすごいぜ
  • 顔を憎んで鼻を切れば、唇も消える : 池袋母子餓死日記 覚え書き(全文) 公人の友社編

    日記にしても覚え書きにしても、他者の目を意識して記されたものとそうでないものがあって、書くことが好きな執筆者の文章は、人目に触れない前提であれどたいがい読者の視点を持っている、はず、だと思う。後々出版されるような日記のほとんどはそうだ。記したのが有名人でもない限り、ただのメモ書きや備忘録が公表されることはまずない。著作物の99.9%は他人の視線を考慮して書かれている。そういう意味で「池袋母子餓死日記 覚え書き(全文)」はたいへん珍しい。そのことに価値があるかどうかはわからないが。というか、価値だのなんだのはこの際どうでもいい。またおもしろいかどうかも。エンターテインメント性とかを基準にしたら、積極的に勧められる内容ではないけれど、だからどうしたという話しだ。退屈か否かといえば退屈だし、楽しい気持ちにはなりようがなく、読んでもひたすら滅入るだけ。しかし、思い出したようにときたまぱらぱらと捲っ

  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    週報 2024/04/28 川はただ流れている 4/20(土) 初期値依存性 さいきん土曜日は寝てばかり。平日で何か消耗しているらしい。やったことと言えば庭いじりと読書くらい。 ベランダの大改造をした。 サンドイッチ 一年前に引っ越してからこんな配置だったのだけど、さいきん鉢を増やしたら洗濯担当大臣の氏…

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    murashit
    murashit 2008/03/19
    あるいみ
  • 動物の権利はどこまで正当か? - Something Orange

    イルカとぼくらの微妙な関係 作者: 川端裕人出版社/メーカー: 時事通信社発売日: 1997/08メディア: 単行 クリック: 19回この商品を含むブログ (4件) を見る クジラを捕って、考えた (徳間文庫) 作者: 川端裕人出版社/メーカー: 徳間書店発売日: 2004/10メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 2回この商品を含むブログ (22件) を見る このおもしろかった。 タイトルからわかるだろう、クジラとイルカのである。いまの世の中、クジラやらイルカのは何百冊も出ているが、出色の出来であると断言できる。 このたった2冊で、川端裕人のファンになってしまいそうだ。 まず『クジラを捕って、考えた』は、クジラを愛する著者が、南氷洋(南極海)の調査捕鯨船に半年にわたって乗り組み、中立の立場から捕鯨の現場を見つめた記録だ。 川端裕人の魅力は、何といってもそのバランス感覚にある

    動物の権利はどこまで正当か? - Something Orange
  • 未映子の純粋悲性批判: 子猫を殺し続ければよろしい

    作家の坂東眞砂子さんという人が日常的に子を殺しているのだそうだ。 なぜ殺してはいけないかという「なぜころ問題」についてちょっとでも考えたことがあれば、殺してはいけないという絶対的な理由なんかはこの世界のどこにもなく、あらゆる命は等しく無価値(by新井英樹「ザ・ワールド・イズ・マイン」)であり、そのとき折々の関係性で成立するもんであって、つまりオール時価なわけだ。坂東さんのように生まれたしりから子を崖にぽいぽいと放り投げることが出来る人はそれが出来るのだから出来る人なんであって、そのことについて「がかわいそうニャ」とか「呪われろ!」とかを云っても書いても、気持ちはわかるが仕方ないんであって、坂東さんの住んでる地域では法律違反でもなさそうだし、どうにもならんな。 坂東さんは人間側から想像する<の生>を<生殖がすべてである>と解釈して代弁しつつ、尊重する手段として避妊手術を否定し「能の

  • 「好きになった」メモ: 「こんなものはアートじゃない」と言う前に

    ヒサミチ 「好きになった」はインターネットの大道芸収集サイト 風に散らばるチラシやビデオ、イイ話を集めています *自作音源 *旧「好きになった」 *好きになった」がおすすめしたい *はてなブックマーク *Twitter *Translation in ENGLISH 詳細プロフィールを表示 「以前、家庭用のジューサーミキサーの中に、水を入れて、その中に何匹もの金魚を入れて泳がして、そのままスイッチを入れて、水が真っ赤に染まって行く様子を写真に撮 るという、あたしには理解できないニポン人の「芸術家」がいましたが、今、南米のコスタリカでは、「犬の餓死」という芸術が行なわれています。 展示会場の一角に、何日もエサを与えていない餓死寸前の犬をつなぎ、その犬が餓死して行く様子を人々に見せるというもので、これが「芸術」なのだそうです。 以下のサイトで、その非人道的な「芸術」を紹介していますが、この写真

    「好きになった」メモ: 「こんなものはアートじゃない」と言う前に
  •  殺したくない、と思うわけ - イチニクス遊覧日記

    例えば私は、死刑制度なんてなくなったほうがいいと思っている。それが犯罪抑止力として役立つとはあまり思えないし*1、なにより自分がその「死刑」の一端を担っていることが、にもかかわらずそれを遠く感じていることが、嫌だからだ。しかし、好むと好まざるとに関わらず、この国の国民である時点で、その制度があることに、参加していることになる。つまり、私もまた人を殺している、と、考えるだけでぞっとする。 それは被告に対する同情とかではなく、単に、自分が人一人が死ぬ、という大事に関わりたくないという利己的な感情にすぎない。 とはいえ、罪を犯した人は、その罪に対して何らかの罰を受けるべきだ、と思ってもいる。それは今、人が集団で暮らす場のルール/法律としてあるけれど、 来、それが起こらずにすむ、という理想は罰があるからではなく、個々人に期待される「品性」のようなものによって支えられているはずだ。 もちろん、そこ

     殺したくない、と思うわけ - イチニクス遊覧日記
  • 山中 学の写真

    山中 学の写真 無空 茫々然 小さな身体はわずかな時間の中で最後の美しい姿を私に残してくれた。 浄土 仏、菩薩のいる清らかな世界 童子 恐ろしく澄んだ眼をしてる子供達、 それはまさに”善財童子の化身”に思えた。 羯諦 最後に写し撮れたのは、物としての人間が 消えゆく前の最後の肉体だった。 不浄観 骨が見え、体も薄くなった死骸が埴輪の様に美しく見え、 これを写真に撮った。 阿羅漢 数百人の内で、確かに仏と人間の間にいる人のような 輝きをもつ人を16人選んだ。 2009年9月10日発行 『羯諦 山中学 写真』 発行:ポット出版 山中 学プロフィール 無空 茫々然 浄土 童子 羯諦 不浄観 阿羅漢 トップページへ戻る (Back to top page)

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