仕事を終えてドックを出ようとした時、誰かが出し抜けに裏口の戸を叩いた。こんな静かな真夜中になんの音も立てず、つまり甲殻機にもローバーにも乗らずに野良ガニひしめく湿地帯を突っ切って整備工場を訪れるような輩は到底まともじゃない。幽霊か、野盗か、農場の下働きに嫌気がさした脱走者か。頼むから春の陽気にあてられた小型の陸棲甲殻機――たとえばオカヤドカリ――が交尾の拍子に立てた物音であってくれと念じながら映像を確認すると、男が一人立っていた。幽霊ではないらしい。 「俺だ、ヤンだ。ヤン・コメリン」 いかにも古くからの開拓民という体格だった。何度もあたりを見回して落ち着きがない。薬物でもやっているのだろうか。思い当たる節がなく沈黙しているとガサガサ音がして、男の頭の後ろに巨大なはさみが浮かび上がった。「ああ! カニが!」と男はうめき、早く開けろと怒鳴って戸を蹴りつけた。思ったより切迫した状況らしい。 戸を