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ブックマーク / note.com/hachimoto8 (2)

  • ブルームーンの夜|蜂本みさ

    仕事を終えてドックを出ようとした時、誰かが出し抜けに裏口の戸を叩いた。こんな静かな真夜中になんの音も立てず、つまり甲殻機にもローバーにも乗らずに野良ガニひしめく湿地帯を突っ切って整備工場を訪れるような輩は到底まともじゃない。幽霊か、野盗か、農場の下働きに嫌気がさした脱走者か。頼むから春の陽気にあてられた小型の陸棲甲殻機――たとえばオカヤドカリ――が交尾の拍子に立てた物音であってくれと念じながら映像を確認すると、男が一人立っていた。幽霊ではないらしい。 「俺だ、ヤンだ。ヤン・コメリン」 いかにも古くからの開拓民という体格だった。何度もあたりを見回して落ち着きがない。薬物でもやっているのだろうか。思い当たる節がなく沈黙しているとガサガサ音がして、男の頭の後ろに巨大なはさみが浮かび上がった。「ああ! カニが!」と男はうめき、早く開けろと怒鳴って戸を蹴りつけた。思ったより切迫した状況らしい。 戸を

    ブルームーンの夜|蜂本みさ
  • HDの幽霊|蜂本みさ

    ちかごろ妙な現象がある。それは突然起こる風で、より正確に言えば突然起こる風の感覚だ。概要は以下の三点。(1)時々温かい風に手を撫でられる。(2)その現象は手が濡れた時にだけ起きる。手洗いの後やアルコール消毒の後、雨に濡れた時など。(3)風はあくまでも感覚で、他者が知覚したり、手に持った物が影響を受けたりすることはない。たとえばA4の紙を持っていても紙は微動だにしない。自炊や入浴の際はしょっちゅう手が濡れるので、そのたびに風が吹き付けることになる。できる範囲で使い捨てのゴム手袋を導入しているが煩わしくて仕方がない。 という話を昼休みに弁当をべた後で派遣社員の木村さんにしたところ、「心霊現象じゃないですか、それ」と何でもないように言うので、あっやばい、スピ系というのだったか、木村さんはそれかもしれないと身構えた。どうもそういう非合理的なものに抵抗があるのだ。木村さんは二月に入った人で、いつも

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