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出版希望に関するmurashitのブックマーク (8)

  • 闇夜(やみよる)43 - 村上F春樹

    絵里子が十六歳で初めて男を知った次の日の朝、彼女自身が後に「トライブ・コールド・クエスト」と名づける能力が覚醒した。まっ黄色な寂寥の中、目を覚まし、シャワーを浴び、下着を履き、電子レンジで暖めたレトルトのコーンスープに口をつけた瞬間に、舌を火傷する自分自身のビジョンが脳裏に焼きついた。絵里子はシャワーから出ると、下着を履く前にレンジを止め、下着を履き、いい火加減になったところのコーンスープを安心した心持でいきなりゴクゴクと飲んだ。そのことは絵里子にとって、すんなりと受け入れられる事態だった。ジャスト・ファクツ。絵里子は約二分先(実際は、地球が太陽の周りを公転する時間の二十六万二千四百七十三分の一の感覚だが、このときの絵里子にとって知る余地もなかった)まで未来を予知することができるようになっていた。絵里子はハッと思い、額をさわった。が、別にハゲてはいなかった。安心パパ。いや、安心した。 一週

    闇夜(やみよる)43 - 村上F春樹
  • 闇夜(やみよる)42 - 村上F春樹

    暴力は感染する。ひとつの暴力が新たな暴力を呼び起こす。鳥取市郊外で薪割りをしていた田中邦衛は己の身体のなか、意識の底で沈黙していた悪の蘇生を知った。内蔵の内側でうごめきを感じた。俺は…俺は…。田中邦衛は頭を抱え、両の手で顔を被う。赤子のように涙が溢れてくる。こぼれてくる。「これでは…」、田中邦衛は卑屈に笑った。「これではまるで栓の壊れた水道だ」。 東北戦線から帰還した田中邦衛の心と身体は戦争後遺症で蝕まれていた。戦場から戻った邦衛を待っていたのは腐りきった人々の姿。とりわけ戦争などそ知らぬ顔で鳥取砂丘に突き刺さったテポドンを観光名所にしようと企ててる役人ども。田中邦衛は絶望した。俺はこんなもののために命を掛け戦ってきたのか。首を切られ顔を抉られはらわたの浮く血沼で息絶えていった戦友はこんな奴らのために戦っていたのか、と。そして俺も。田中邦衛の顔に一瞬別の顔が宿る。「とっくに死んでいる」。

    闇夜(やみよる)42 - 村上F春樹
    murashit
    murashit 2008/12/24
    北の国・・・!
  • 闇夜(やみよる)40 - 村上F春樹

    犬川隼人は、女を物色している。それは毎日続いた。男の、日課だった。男は東京メトロ渋谷駅銀座線ホームと男子トイレを清掃する仕事をしている。自分を恥じている。当の俺ではない、と思う。当の俺を発揮せねば、と思う。当の俺は世界を動かしうる存在なのだ、と思っている。40を過ぎたころ、男は、あきらめる。認める。自分は敗北者なのだと、知る。知った、と思う。犬川の血筋に、夢(それがなんなのかは犬川自身にもわからないのだが)を託さねばならぬ、と至る。俺にふさわしい、犬川の名にふさわしい女を捜さねばならぬ、と、男は、至る。 それから犬川の女探しがはじまる。犬川は東急田園都市線を使って出勤している。仕事は7時に始まり、16時に終わる。仕事が終わるとスターバックスで18時まで時間を潰し、電車に乗る。 冬のある日、犬川は「これだ!」と自身が感ずる女に出くわす。年のこうは三十くらいであろうか、強いまなざしをして

    闇夜(やみよる)40 - 村上F春樹
  • 闇夜(やみよる)39 - 村上F春樹

    ある朝、MJが子供たちに囲まれた楽園から目をさますと、自分が大きな装置の中で一人の白人に変わっているのを発見した。彼は鎧のように堅い床に背をつけ、あおむけに横たわっていた。鼻の横に幾かの冷たい筋が入っていて、顎のラインは鋭さを増している。鼻の横の厚い皮のような肉はいまにもずり落ちそうになっていた。「これはいったいどうしたことだ」と彼は思った。夢ではない。彼はあの夜を境に変わったのだ。 MJは軍の研究員であった。彼は戦争の後始末に追われていた。偽りの平和と知りながらも任務に忠実に、彼は自分が手を貸した殺人兵器プロジェクトの卵たちを「条約」に基づいて処理していた。ナインインチネイルズ、削除。ヘアカット100、削除。カジャグーグー、削除。モノクロームセット、削除。電脳にインしながら作業を進める彼に部からメールが入った。MJの電脳には攻性防壁「スクリーム」が待ち構えていて侵入者を見張っている。

    闇夜(やみよる)39 - 村上F春樹
  • 闇夜(やみよる)38 - 村上F春樹

    歴史?」 シャマランは聞き返した。あまりにも大袈裟で、概念的過ぎる名を名乗った男の神経が正常なものかどうか測りかねたのだ。 「そう。歴史だ」 男は繰返した。 「気になるか?」 男の問いかけに対して、シャマランは黙ってうなずいた。 「じゃあ、少し俺の話をしてやろう。俺がなぜ歴史なのか。文字通り、俺は歴史なんだよ。今俺たちがいる日列島のなかに2つの国が生み、世界の一部を変えたあの戦争を含んだ歴史は俺そのものなのさ――こんな風に話してもまだお前には理解ができないだろうがな。この話を理解するには、ちょっとした忍耐が必要だ。お前が話を聞いていたあの嘘つき先生には、それがちょっと足らなかった。だから、こんな地下に落ちちまったんだよ。 セカンドインパクトを知ってるか?あの戦争よりも随分前の話になるが、あのとき俺はオホーツク海の蟹漁船の乗組員のひとりに過ぎなかった。しかし、あの日以来俺は一種の予知能力

    闇夜(やみよる)38 - 村上F春樹
  • 闇夜(やみよる)36 - 村上F春樹

    黄昏のなか一人の男が鳥取砂丘をなぞるように走る旧国道9号線のガードレールに寄りかかっている。男はアスファルトで乱雑なギンガムチェックを刻まれた車道に向かって忌々しさを振り払うかのように唾を吐いた。「くそっ」。降り立ったばかりの鳥取の日海から吹き付ける風は男の予想より穏やかで、それが男の苛立ちをいくぶん和らげてはいた。男は己の愚かな行為を棚上げにして、ふりかかった不幸を呪い続けていた。「なぜスターだった俺が…」「なぜ俺だけが…」と。 現在、男は非公式ではあるが北の軍籍に身を置いている。そこで世の中から見棄てられた男に与えられた指令は自衛隊のトップシークレット「クローソー」の破壊。戦争中に何千、いや何万の血で塗られた引き換え券に記されたクローソーのパルスは鳥取市内の女子高生西脇綾香のそれと完全に一致していた。男の目標は西脇綾香の破壊となった。24時間前。男の電脳にクローソーの情報が送られてき

    闇夜(やみよる)36 - 村上F春樹
  • 闇夜(やみよる)34 - 村上F春樹

    鳥取第一体育館の中央に造られた特設リングにバットマンが舞い降りる。オレはすっかり目が点だったが、バットマンとレンの様子を冷静に見つめようとしていた。 「TAIMAHHHHHHHHHHH!!!」 叫び声とともに客席からサングラスの大男が立ち上がる。いや、サングラスではない…と思った瞬間その眼のあたりからレーザー光線のようなものが発射されてリングのバットマンを襲う。バットマンは華麗なイナバウアーを披露するとビームを避ける。ビームはリングのロープを焼き、反対側の客席へと照射されて、親子連れ四人家族の小学生くらいの息子の頭を貫通し、息子は直立したまま脳漿を周囲に撒き散らし悲鳴が上がる。オレの2.0を超える視力は完璧にそれを捕らえていた。ビームをきっかけに館内は阿鼻叫喚のパニック状態に陥る。人々が叫びながら出口に向かう。レンも一目散に後方に向かって走り始めるがオレはバットマンから目が離せない。 バッ

    闇夜(やみよる)34 - 村上F春樹
  • 闇夜(やみよる)33 - 村上F春樹

    何度呼び鈴を鳴らしても羽鳥の出てくる様子がなかったので私はミドルキックを羽鳥の部屋の分厚い扉へお見舞いした。私はまだ鳥取市内のすべてを掌握していたし、羽鳥のケータイのGPSがこの部屋を指し示しているのをもわかっていたから自信を込めてキック。扉が壊れたら?何度も鳴らしたのに出てこない羽鳥が悪い。マジガンギマリ当たり前。乙女キックを受けた扉はゆっくりと部屋の内側へ倒れ、私は足を中へと踏み入れる。ガゾゾゾジョリジョ。引き摺るような音が暗闇からする。おかしい。部屋の灯りは点いている。私は目を凝らす。暗闇ではない。巨大な黒い物体から音がしている。ジョジョジュオ。崩れた球体。黒く細いワイヤーが球体を支えつつ移動している。羽鳥の声、もうそれはかなり微弱になってはいたけれど、この黒い物体のなかからした。私は黒い物体に近づき手を伸ばす。すると黒い物体の一部がびょっと伸びて私の右手の指先から肘までを掴んだ。細

    闇夜(やみよる)33 - 村上F春樹
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