私は大学を選ぶ以前、友人と何度か吉田寮と西部講堂を写真を撮るため遊びに行っていて、何度も来たことがあるのに受験の日まで大学の象徴とも言える時計台を見たことがなかった。それらの建築物としての価値や歴史などにはあまり興味が無かったのだが、あの「一日中昼下がり」のような鬱屈として穏やかな空気感は私たちにとって感動的だった。希少で。 当時高校生だった私たちには当然その世代の人しか周囲におらず、自己というものに対する過剰な意識が周囲すべてに存在していた。変人であると言われることを喜ぶ人たちの間で、変人と言われることがコンプレックスになっている自分たちはどうすればいいのか。ありきたりなことを言い、ありきたりな服を選択してもそれが似合わない自分。無理がある。そして露呈する。個性って褒め言葉じゃないよね! そうは言えない現代。 そんな中であの万年昼下がりの空気は、自己主張というものが欠如していた。それは決