一時間あまりの通勤時間の間に、運が良ければ三人か四人ぐらいは敦盛を舞っているサラリーマンを見かけることができる。 とは言っても、扇をかざして小鼓の伴奏に合わせ足拍子を踏み鳴らしているような人は、さすがにあまりいない。そのような本格派を見かけるのは、俺にしても十数年の社会人生活の中で二、三度ぐらいしかない。 たいていの人は、ごくささやかに敦盛を舞っている。 それは電車の吊り革につかまる手の微細な動きであったり、イヤホンで流行の音楽を聴くふりをしながらゆるやかに揺らす身体のリズムであったり、独り言に見せかけてそっと朗じられる詞章の一節であったりする。 そうやって誰しもが思い思いのやり方で敦盛を舞っている。 よくよく観察してみれば、毎日けっこうな数の男たちが個人的な範疇で敦盛を舞っていることに気づくはずだ。 通勤電車の中で舞う以外にも、起床とともに舞う者や、就寝前にひとさし舞う者もいる。 家族が