単に何かを批判していないから、その問題について賛成の立場を取っていると単純に解釈するのはあまりにも乱暴というものだ。 しかしチベット問題における左翼の不関与の姿勢が批判されているのは、そうした一般的な積極性の不在なる問題ではなく、恣意的な選択のありようが問われているのであって、そのような問題を、単なる一般的な積極性の不在と見るのは誤読だと考える。あるいは意図的な誤読であるかも知れないが。 そういう意味では、 http://d.hatena.ne.jp/sk-44/20080413/1208021820 ↑の記事で筆者が述べている、「チベットの問題に関して、日本の左翼は何やってんの、的な指摘というか言挙げというか囃し立てが一部で行われていたことについて、私は単純に不思議だった」なる疑問が生じるほうがよほど不思議である。 チベット問題は昨日今日の問題ではなく、特に日本と中国の関係において生じた