本ページに記載の記事・写真などの無断転載を一切禁じます。著作権は北國新聞社またはその情報提供者に帰属します。
本ページに記載の記事・写真などの無断転載を一切禁じます。著作権は北國新聞社またはその情報提供者に帰属します。
世界各地を旅し、行く先々でスケッチを繰り返してきた父。 晩年は、母とともに本当に多くの場所に出かけたようです。 几帳面につけられた旅の記録によれば、訪れた国の数、およそ七十カ国。 終生、旅と絵と写真を愛した人でした。 実家を片付けたときに、亡父の遺作が沢山出て参りました。 家族みんなで行った場所。 私が仕事で出かけて心に残った風景。 今、私が行きたいと思っているところ。 そんな風景が、父自身の筆で描かれていました。 とりあえず、沢山ある中から、その一部を紹介させていただきます。 観てくださる方がいれば、きっと故人も喜ぶものと思います。 ところで、私はこれらの絵を、気に入ってくださった方々に、ぜひお分けしたいと思っておりました。 ところが、実家から自宅に送った沢山の作品を見た家内には、「お分けするのは、いいアイデアだけど、どうしても、うちに遺しておきたいものもあるからね」と釘をさされてしまい
ロマン・ティーク(Roman Tyc)の個展で、遺灰が用いられた肖像画を鑑賞する来場者(2011年9月27日撮影)。(c)AFP/MICHAL CIZEK 【9月28日 AFP】チェコの首都プラハ(Prague)のアートギャラリーで27日開幕したチェコ人アーティスト、ロマン・ティーク(Roman Tyc)氏(37)の個展が、来場者をぎょっとさせている。絵画に遺灰が使用されているためだ。 個展のタイトルは「墓泥棒」。紹介文でティーク氏は次のように書いている。「あなたが6歳の時、母親が亡くなったとしよう。あなたは母親を骨つぼとして見るようになる。死ぬまで写真の中の母親しか知らないことになる。あなたは思うはずだ、彼女を骨つぼから解放する手立てがあるはずだと」 アートギャラリー「ドボルザーク・セク・コンテンポラリー(Dvorak Sec Contemporary)」のエドムンド・ツッカ(Edmun
01:18私の祖父は日本画家として文化勲章を受章したあと、半年もしないうちに世を去りました。祖父の名前は加山又造といいます。京都出身で関西の画家という誤解も受けますが、東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学した17歳から76歳で世を去るまで住まいは東京か神奈川にありました。想いは京都に馳せても、京都を活動の拠点としたことはありません。ご縁があり故郷である京都に残すことが出来た大作もあります。それらを制作したのも神奈川県内にあるアトリエでした。祖父の制作のことについてはまた別の機会に書くことにしましょう。BMWアートカー 制作の映像--祖父が亡くなったのは、桜の散る月の清かな美しい晩でした。父と叔母と弟と私の四人は月光に輝く花弁吹雪の中をとおり抜けて遺体の搬送車で午前二時すぎに帰宅したのでした。祖父が愛していた日本の美しい光景まま、それはあたかも祖父の最後に残した作品とすら感じられたのでし
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く