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ブックマーク / artsandscience-kipling.blogspot.com (35)

  • シングルスタンダードからマルチスタンダードへ

    --> 今朝の日経の一面に「最長景気に乱気流」という記事が出ていた。 以前からずっと感じていることなのだけど、現在の「好景気」を実感できている人ってどれくらいいるんでしょうか。政府はもちろんGDPの数値によって景気の良し悪しを判断しているわけですが、そのような数値によって示される「景気の良さ」が人々の実感値と乖離しているのであれば、それはすでに「社会の状態を示すモノサシ」としてGDPが適切でなくなってしまっているということなのではないか、と。 僕は最近、いろんなところで「モノが過剰になる一方で、問題が希少化している」ということを言っていますが、この状況は必然的に「量的指標の無意味化」という事態を僕たちに突きつけることになります。 原始時代から20世紀の半ばまで連綿と続いた「モノが不足している時代」であれば、「量」というのは、対象のパフォーマンスを図る上でとても便利なモノサシでした。後述しま

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    a1ot 2019/09/22
    “ある単一のモノサシから別のモノサシへの転換ということではなく、むしろ「複数のモノサシを同時に当てる」という考え方”
  • 「美しいもの」を誰憚らず「美しい」と言える社会へ

    エピソード1:あれは確か1980年代の最初の頃だったでしょうか。 当時、僕は小学校の高学年で、隣に座っていたクラス一の美少女の髪の毛をハサミで切ることに、言葉では説明できない不思議な快感を覚えていました。今から思えばそのころから奇麗な女の子を苛めるのが好きだったんだしょうか。まあそれはともかく、今でも忘れもしない、たまプラーザのイトーヨーカドーの前で見かけた、いすゞの、それもただのフォードアセダンの美しさに釘付けになったことがあります。 エピソード2:時を経て、それは1980年代の後半ごろのことだったでしょうか。横浜の私立高校に通っていた僕は、校舎の屋上でタバコやら何やらいろいろなモノを煙にして吸うと、違う意味でアタマが冴え、学校の教師が教室でほざいていることが嘘ばかりだったんだということに気づく知性を獲得しつつありました。まあそれはともかく、今でも忘れもしない、毎日昼休みに実施されていた

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    a1ot 2017/09/20
    “誰もが納得していいね、と言われる様なわかりやすい文脈がないと肯定の態度を示せない、ということであれば、集団のなかに認知的不協和は生まれず、意思決定のクオリティは高まりません”
  • 「逃げる勇気」こそが大事

    このブログで「今後、日企業によるコンプライアンス違反が続発するだろう」という予言をしたのがちょうど二年前の10月でした。その後、この予言は残念なことに的中し、様々な組織での不正が明らかとなり、昨年にはあろうことか、古巣の電通においても広告出稿についての不正があったことが明らかとなりました、とほほ。 電通の不正については、ネットでも様々な批判がなされていますが、ほとんどのものは電通マンの高給と権力に嫉妬を抱く人が溜飲を下げるために垂れ流しているヤッカミに過ぎず、読むだけ時間の無駄なのでここでは同様の批判は繰り返しません。 ここで提起したいのは、キャリア論についての問題です。 昨年に上梓した著作『20代は残業するな』において、僕は「一般的に目の前の仕事に一生懸命に取り組むのはいいことであると信じられているが、それは嘘である」と指摘した上で、「世の中には、それに取り組むことで自分の人生が豊かに

    「逃げる勇気」こそが大事
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    a1ot 2017/09/19
    “それは世間が、ゆるさない。世間という名を借りて人を断罪しようとする人がこの世の中には溢れていますが、そういう人たちが振りかざす「世間」はなんのことはない、要するにその人自身が縛られているドグマ”
  • 外資系より残酷な日本の大企業

    なんかものすごいタイトルですが、最近、日の、いわゆる大企業に勤めている同年代の人たちの表情がどんどん険しくなっていくのを見ていて、あらためて考えてみたところ、どうもこういうことなんじゃないかと。 これは先日もFBで指摘したことなんだけれども、日の大企業の残酷なところは、40代の後半になるまで、自分の昇進ポテンシャルがはっきりしない、ということです。 しかし、40代の後半で「この会社では上に上がれない」ということがはっきりしても、その時点で取れるキャリアオプションはほとんどありません。なぜなら、日の大企業でなんとなく二十年頑張ってきましたという人は、よほど専門性のある人でないと労働市場でほとんど値段がつかないからです。 ここは当に勘違いされていて、半ば痛々しいんですけれども、日を代表すると言われているような企業でそれなりに活躍している人の多くは、自信過剰に自分の労働市場での価値を見

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    a1ot 2017/09/16
    “日本の大企業は全て「官僚型組織」になっていますから、上層部のポジションは等比級数的に少なくなる。組織が大きくなればなるほど「あなたはここまで」と言われてホゾを噛むことになる確率も高まる”
  • キャリアにリスクを持ち込むと楽しくなる

    最近、就職以来、一度も転職したことがないという人に続けて何人か接して感じたんですが、そういう人たちにとっては「会社内での地位」が、ものすごく人物評価の大きなウェイトになっているんだということを知って、ちょっと驚いています。 何度も転職している自分にとっては職場内の昇進はほとんど「なりゆき」で決まることを知っているので、「あの人、あの年で局長だよ、すごいよね」とか言われても、「はあ、そうですか・・・」と困惑するしかありません。 ハーバードのジェフリー・フェファはこれを実証研究して、コンピテンシーの高低と昇進のスピードや地位の高さには相関がまったくないことを明らかにしていますが、一つの会社にい続けると、そういうのが見えなくなるんでしょうかねえ。 ちなみに論文はこれね。https://www.slideshare.net/johnnemo/power-by-jeffrey-pfeffer-key

    キャリアにリスクを持ち込むと楽しくなる
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    a1ot 2017/09/14
    “自分の状況を振り返ってみると、反復の仕事が増えて予測可能性が高まっている、つまりタレブ的にいうと「脆弱」な状況になっているような気がするので、もう少し「予測不可能性」を人生に取り入れて生きたい”
  • 人工知能がすごいのではなく、単に将棋や囲碁が簡単だったという話

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    a1ot 2017/08/05
    “職業そのもののポートフォリオが社会の変化に伴って大きく移り変わっていく中で、個別の職業にフォーカスを当てて「どれが人工知能に代替されるか」などを考えるのはあまり生産性の高い営みとは思えません”
  • 「経済学を学ぶ」ことの意味

    先日以来、ある企業の依頼で若手社員に向けて「独学の技術」の講座をやっています。前回のお題は「経済学」だったのですが、文字起こしが上がってきたので。 ========================= 経済学を学ぶ意味合いについて、世の中一般でよく言われるのは「社会人としての常識だから」とか「世の中の仕組みが理解できるから」といったことなのですが、僕自身は、そういった「教養としての経済学の知識」について、その有用性を否定はしないものの、副次的なものでしかないと感じています。 ことビジネスパーソンが「知的戦闘能力を上げる」という目的に照らして、経済学を学ぶことの意味合いを考えてみれば、そこには大きく二つのポイントがあります。 一つは、「経済学」が研究対象とする「経済」や「市場」が、ビジネスというゲームの基ルールを規定しているということです。ビジネスには当然ながら競争という側面があるわけですが

  • Arts & Science: 人工知能がスゴイというより、将棋や囲碁が単に「クソ簡単だった」ということでは?

  • 「自分らしさ」の罠

    「歌は世につれ、世は歌につれ」と言う言葉がありますよね。 これは「歌は世のなりゆきにつれて変化し、世のありさまも歌の流行に左右される」といった意味だけれども、では近年のヒット曲の歌詞を並べてみると、そこにどのような「世」が炙り出されてくるのか。 一つ明確な傾向として指摘したいのが、ここ数年の「自分らしさ」を称揚する歌の台頭です。例えば「自分らしく」、「僕らしく」、「君らしく」という言葉で歌詞検索をかけてみると、該当するのは平成に入ってからの歌が殆どで、昭和の歌は全く出てこないことに気づきます。 加えて「自分らしさ」や「自分らしく」といった「そのものズバリ」の言葉は含んではいないものの、例えばSMAPの「世界に一つだけの花」の様に、歌詞全体として「自分らしさ」を称揚している歌まで含めれば、相当量の歌が「自分らしさ」、「君らしさ」を大事にしようと訴えていると考えられます。 「歌は世につれ、世は

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    a1ot 2016/10/27
    「愛するとは、見つめ合うことではなく、同じ方向を見ること」「20代〜30代前半に『自分らしさ』を追い求めて自己肯定しようとする度合いが高いほど、後になって自己否定せざるを得ない状況に追い込まれる
  • 「一万時間の法則」に振り回されないために

    10月に出す新著で、かなりの紙幅を割いて「努力は報われるのか」という論点について考察しています。結論についてはをお読みいただきたいのですが、ここでは、よく言われる「一万時間の法則」について、紙幅の関係でには書ききれなかった内容を紹介したいと思います。 「努力は報われる」と無邪気に主張する人たちがよく持ち出してくる根拠の一つに「一万時間の法則」というものがあります。「一万時間の法則」とは、米国の著述家であるマルコム・グラドウェルが、著書「天才!成功する人々の法則」の中で提唱した法則で、平たく言えば、大きな成功を収めた音楽家やスポーツ選手はみんな一万時間という気の遠くなるような時間をトレーニングに費やしているというものです。 この指摘自体は当たり前すぎて、「はあ、それはまあそうでしょうね」と反応するしかないのですが、重要なのは、グラッドウェルが「一万時間よりも短い時間で世界レベルに達した人

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    a1ot 2016/10/08
    「『努力は報われる』というのは、科学的検証によって導き出された命題ではなく、一つの信条であり世界観、つまり『そうであって欲しい』ということ。下手に証明などしようとするから墓穴を掘ってしまう
  • 武器としてのリベラルアート

    この論考を通じて筆者がお伝えしたい主張は以下の通りである。 現代をしたたかに生きていこうとするのであれば、リベラルアートほど強力な武器はない。特にビジネスにたずさわる立場にあるのであれば、リベラルアートを学ぶことは、恐らく人生においてもっとも費用対効果の高い投資になるであろう。 以下に、上記の論拠について想いのたけを述べたい。 ■「イノベーションを起こす武器」としてのリベラルアートまず読者のみなさんに一つ質問をしたい。その質問とは「金利はなぜプラスなのか?」というものだ。恐らく、多くの読者はこの質問に対する明確に答えをもっていないだろう。しかし、それは読者諸兄にかぎったことではない。筆者をふくめ、現代に生きる我々のほとんどは無条件に「金利はプラスである」と信じて疑っていない。ところが、これは現代の、それも西欧社会に生きている我々だけのあいだに通用する常識であって、歴史を振り返れば、あるいは

  • 若い時の無目的な勉強こそ底力になる、という話

    以前からずっと思っていたことなのですが、どこかで書いておかないと忘れちゃうなと思っていたので、備忘録代わりに。 結論から先に言えば「無目的なインプットをやってこなかった人は、肝心カナメの時期にアウトプットできなくなる」という話です。どうしてそうおいうことになるのか、順に説明しましょう。 まず、いわゆる「勉強」について、ここでおそるべき一つの法則を提案したいと思います。それは「アウトプット=インプットの法則」です。一体どんな法則なのかというと「人生全体で見てみれば、アウトプットの量とインプットの量は同じである」ということです。アウトプットする人はインプットしているし、インプットしていない人は、どこかで枯れる」ということで、実にシンプルな法則。 実名を挙げるのはさすがに憚られるので、ここでは差し控えますが、一時期にベストセラーを連発して飛ぶ鳥を落とすような勢いだったのに、ぱったりとアウトプット

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    a1ot 2016/05/29
    「無目的に興味の赴くまま、ひたすらインプットする時期がないと、長い期間継続する真に強力でユニークな知的生産力は身につかない。アウトプットを求められていない時期にしか大量かつ無節操なインプットはできない
  • 教養主義という逃避

    ここ数年、ビジネスパーソンの間で「教養」というブームが起きています。私自身は学部も大学院も出身が哲学科ですから、いわゆるリベラルアーツがどれほど知的生産の現場においてパワフルな武器になるかということを身にしみて理解していつるもりですから、このブームに対しては「ま、別にいいんじゃないの?」と思っていたのですが、実際にそういうブームの波に思いっきり乗っている数人の人と直接に話す機会があった後、これはもしかしたら一種の逃避なんじゃないかと思うようになっています。 わかりやすく考えてもらうために、こういう図をイメージしてください。縦軸は「仕事ができる・できない」、横軸が「教養がある・ない」というマトリックスです。この中で一番望ましいのは、もちろん「仕事ができて教養もある」というマトリックスでしょうが、まあこういう人はめったに出てこないわけですし、出てきてもどうせ勝てないので問題にもならない。 逆に

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    a1ot 2016/05/01
    「前漢時代の歴史家である司馬遷は、その著書『史記列伝』の中で『知ることが難しいのではない。いかにその知っていることに身を処するかが難しいのだ』と指摘しています
  • 予想なんてやめとけって?

    ジョン・フォン・ノイマンの名前は、もちろん知っているよね。コンピューターのパパだ。ちなみにこれが「パーソナルコンピューターのパパ」ということになると、おそらく一般的にはアラン・ケイ、あるいはスティーブ・ウォズニアックということになるのかな。あんなのはオレの子じゃないって!?おいおい、なんてこと言うんだと言いたいけど、いまの状況を見てれば気持ちはわかるよって、まあいいか。両者を知らないという人はおそらくこのブログの読者にはいないだろうと思うので判断は皆さんに任せてそのまま話を続けよう。 正式(とはいえカタカナだけど)にはジョン・フォン・ノイマンという名前の男には一つの夢があった。1954年当時、世界で最大最新のコンピューターを披露する席において、ノイマンは「コンピューターによって、近い将来に明日どころか一ヶ月先の天気さえも正確に予測できるようになるだろう」と語ったんだね。これが彼の夢だったら

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    a1ot 2014/12/23
  • 幸せなキャリアを歩むために、とても大事な三つのこと

    キャリアはよく登山になぞらえられて語られます。では、登山において最も重要視される論点は何でしょうか?それは「生きて帰る」こと。これに尽きます。ところが、キャリアに関する論考の多くは「いかに早く登るか」、「いかに高く登るか」といった論点にフォーカスするばかりで、肝心かなめの「いかに滑落死を防ぐか」といった論点がなおざりにされている感があります。 僕は、三年前に出版した著書「天職は寝て待て」を書くに当たって、70人強のビジネスパーソンにインタビューを行いました。彼らの多くは一流大学・ビジネススクールを卒業して世界的なコンサルティングファームや投資銀行に勤務している(またはしていた)人々であり、まさに「キャリア登山のファストクライマー、ハイクライマーであると言えます。しかし、そのうちの少なくない人が、キャリア登山における「滑落死」の状況に陥っています。 勝ちに不思議の価値あり、負けに不思議の負け

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    a1ot 2014/09/21
  • 審美眼で戦略ストーリーを見抜く!?

    こう言うとのっけから自慢しているみたいに思われるかも知れませんが、コンサルタントになってから十年以上のあいだ、コンペなるものにほとんど負けたことがありません。年間でおそらく平均して五〜十件のコンペをやっていますが、だいたい8〜9割くらいの勝率をずっと維持しています。 で、まあそんなもんなのかな、と思っていたのですが、先日これを他ファームの人に話したところ「エエエ!?」とか「マジで!」とか「値引きし過ぎ」とか「負けたの忘れとるダケや」とかと、しばし盛り上がったあとでシンミリと「コンペに勝つコツってなんなんですかね」という議論になり、ハタと困惑してしまったんですよね。なぜかというと「なぜ勝てるのか?負ける時は何がダメなのか?」自分でもよくわからないからです。 例えばこう考えてみるとイメージしやすいかもしれません。プロ野球選手になって十年。それなりの成績を記録しているとして、その理由が自分でわか

    審美眼で戦略ストーリーを見抜く!?
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    a1ot 2014/08/05
    「論理思考やクリティカルシンキングといった浅い技術では解けないような高度に複雑な問題を抱えた現代社会。デカルト的な要素分解の技術よりも、究極的統合、つまり『審美的感性』を鍛えることが有効なのかも
  • 専門家+素人の組み合わせが最強?

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    a1ot 2014/08/04
    「モノゴトのありようを正確に見抜くに当たって、半可通の知識はかえって目を曇らせる要因になりかねない」「プロの素人:まっさらの曇りのないレンズで物事を透徹に見極めるコンピテンシーを持った人物」 / “Arts & Sc
  • 世界劇場の脚本を書き換えよう

    二十世紀前半に活躍したドイツの哲学者ハイデガーは「世界劇場」という概念を通じて、現存在=我々の質と、我々が社会において果たしている役柄は異なっていると考えた。 舞台で演じる役柄のことを心理学ではペルソナという。ペルソナというのはもともと仮面という意味だね。実際の自分とは異なる仮面を身につけて、与えられた役柄を演じる。英語では人格のことを「personality」というが、この言葉はもともとペルソナからきている。 そして、すべての人は世界劇場において役割を演ずるために世界に投げ出されることになる。これをハイデガーは「企投」とよんだ。そして企投された人々が、世界劇場における役柄に埋没していくことを耽落=Verfallen=ヴェルファーレンと名付けた。 そう、一時期一世を風靡した六木のディスコの名前とよく似ているよね。もしかしたらヴェルファーレの名づけ親はハイデガーを読んでいたのかも知れない

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    a1ot 2014/06/23
    「この社会に適応している花形役者には脚本を変更するインセンティブがない。世界劇場における『脚本の歪み』ゆえにさまざまな利益を享受している。これは成功する投資家がつねに『市場の歪み』に着目するのと同じ」
  • 臨床と研究と執筆の三本柱

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    a1ot 2014/06/22
    「自分にとって違和感の大きい仕事であればあるほど学びが大きい。だから仕事は常に、以前の繰り返しはなるべく避けて、よくわからないもの、難しそうなもの、感覚的に嫌だなと思うものを受ける」 / “Arts & Science: 臨
  • 抵抗や非難は「賞賛」の裏返し

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    a1ot 2014/06/12
    「意味のない活動だと思えば人は抵抗も反論もしない」「科学の有効性、合理性、納得性がいよいよ高まってきたときにこそ、宗教側の科学否定の態度はいよいよヒステリーといっていいレベルにまで強まった