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ブックマーク / cruel.org (17)

  • ISISについて:池内恵と対談

    イスラム国躍進の構造と力 『公研』2014年10月号 「対話」 池内恵 VS 山形浩生 山形:イスラーム国の人たちの言動や行動を見ると、ずいぶんと前近代的で昔に戻ったかのような印象を受けます。その一方で彼らの意識には、中東の民主化への動きとも言える「アラブの春」が大きく関係しているのだと思います。池内さんは今回のイスラーム国の登場と「アラブの春」の関係をどのように捉えていらっしゃいますか。 池内:「アラブの春」が一回りしたことで中東地域に生まれた環境は、イスラーム国にとって非常に都合の良いものになりました。その環境と言うのは、中央政府の揺らぎ、弱体化であり周辺領域の統治の弛緩です。そこに、元来イスラーム国が依拠するイスラーム過激派の戦略論がぴたりと合わさった。9・11テロに対して、アメリカは大規模な対テロ戦争を展開し、イスラーム過激派は軍事的にも情報的にも経済的にも追い詰められました。それ

  • CUT 2002/11 Book Review

    データマイニング知識体系のつまらなさと時代錯誤。 (『CUT』2002 年 10 月) 山形浩生 このを読み始めてすぐに面らうのが、高山宏以外の人の書いた文がいきなりはさみこんであることだ。高山宏を誉めるファックスとか私信とか、高山宏を讃える書評とかがたくさん。こんなものをわざわざ他人に見せびらかすかなあ。だが書を読むうちにだんだんわかってくるのが、高山自身の自画自賛ぶりは、他人の社交辞令なんか問題にならないくらいすさまじいということだった。 高山宏は、まあ肩書き的には英文学屋さんということになるのかな。でもぼくを含む多くの人たちは、かれが翻訳紹介してくれたいろんな論者を経由してかれのことを知っている。高山宏といえば、ニコルソンとか、ロッシとかウィルフォードとかを紹介してくれた人だ。いろんな文化現象の中で、みんなが見逃していたような隠れたモチーフを抽出し、そうしたモチーフが実は重要な

  • Book of William S. Burroughs Support Page

     『たかがバロウズ』サポートページ 構想はさかのぼれば 10 年前、現実的にも 5 年前、執筆 4 年、「もうすぐ完成」と言い続けて、はや 18 ヶ月。この調子では永遠に完成しないのではとわれながら不安になっておりましたが、ようやく脱稿いたしました。40 万字、原稿用紙 1,000 枚の化け物みたいなになっています。また実際のは 450 ページ近く。座興に、目次と、そして中身のわけのわからなさを感じていただくために、参考文献一覧をご笑覧あれ。あと全文をアップしときました。(2003/5/13 0:00AM) 目次 1. 関連資料 2. 正誤表 3. 追記事項 4. レビュー、感想など 1. 関連資料 全文 pdf ファイル (1.67 MB)。 書で使ったjBibTeXファイル(sjis)。これも常時追加。余計なものがいっぱい入っている一方、邦訳書も網羅されていない。拡充してdi

    murashit
    murashit 2011/08/01
    ようやく読みはじめた。バロウズに興味なくても、ブログで書評なぞ書いてる方は第一章だけでもどうぞ、と。
  • CUT 2003/12 Book Review

    記憶と忘却の物語。 (『CUT』2003 年 12 月) 山形浩生 ゼーバルト『アウステルリッツ』は不思議な小説だ。たぶんその不思議さは、最初のページを読み終えてページをめくった瞬間にこちらを見つめている、動物や人間たちの目の写真のところで強烈に感じられるだろう。もしかすると、それは単にそれが目の写真だから、一瞬に見返されているようなそんな印象が生じるせいかもしれない。でもゼーバルトの他の小説でもそうだけれど、『アウステルリッツ』の写真と文章は、妙な連動ぶりを示している。なくてもいいような単なる添え物としてではなく、写真が文の一部として読まれている、そんな感じだ。この小説と似たようなものを挙げるとすれば、クリス・マルケルが撮った『ラ・ジュテ』かもしれない。『12モンキーズ』のもとになった短編映画だ。映画といっても、それは多くのスチル写真を並べ、それにナレーションをつけることで成立していた

    murashit
    murashit 2011/06/29
  • CUT 1995.02 Book Review

    ぼくにも神様というものがいて、その一人がケヴィン・リンチである。そのかれの未完の遺作が『廃棄の文化誌』だ。 建築や都市計画方面でケヴィン・リンチを知らない人はモグリ以下なのだが、この方面に興味のない方にどう説明すればいいのかは、よくわからない。建築家、都市計画家といっても「これ!」という派手な作品があるわけでもない。比較的有名なのが名著『都市のイメージ』かな。街のわかりやすさ、思い描きやすさを重視し、デザイナーや計画屋の勝手な思い込みではなく、実際に利用する人々が実際に何に反応しているのかをきいて、そこから抽出した要素をもとに街づくりを考えようという。 こう書くと、いかにもあたりまえに聞こえてしまうのが悔しいのだが、それがケヴィン・リンチの特徴でもある。極端な、やもすると気を衒った議論を展開して常識をバッサリ切り捨ててくれるも爽快だが、リンチの著書はすべて、そういうところのまるでない

  • CUT 2001/01 Book Review

    記憶のハッシュ関数に作用する小説。 (『CUT』2001 年 2 月) 山形浩生 記憶っていうのは変なものだ。たった一言、ほんのちょっとしたきっかけが、もっと大きな思い出の全体像をよびさましたりする。わずかなきっかけが、自分がなにかを記憶していたという記憶を回復させる。メロディー。一言。名前。そんなものが、思い出せかかっているのに形にならなくて、頭の中がかゆいような、そんなもどかしい思いをしたことがあるだろう。そこまですら到達せず、なにか漠然とした雰囲気だけが後頭部にじんわりよみがえってくるような、そんな記憶の断片もある。コンピュータでは、データに対して演算(たとえばハッシュ関数)をして、その結果を別に保存しておく。そしてあとから送られてきたデータに同じ計算をしてみて、同じ結果が出るかどうか照合することで、データが正しいか調べる。ある脳学者は記憶にもハッシュ関数があるはずだという。だってな

    murashit
    murashit 2011/06/29
  • CUT 2003/02 Book Review

    マグル科学の魔術的起源と魔術界の衰退に関する一考察。 (『CUT』2003 年 7 月) 山形浩生 近年におけるマグル科学の進歩には著しいものがある。過去数世紀――われわ れ魔術師においてはほんの2世代ほどの間――にかれらの科学が実現した各種成 果の驚異についてはここで改めて述べるまでもないであろう。電球や電話といっ た道具は、マグル科学のほんの片鱗でしかないが、それが一部の魔術師たちをも 魅了するとともに、便利に利用されていることはまぎれもない事実である。もち ろんこれらを上回る魔術は存在するものの、日常的に利用できるものではなく、 このため魔術界では未だにランプや伝書動物などの前近代的なツールが生き残っ ている有様である。 その一方で、学問としての魔術の進歩はきわめて遅々たるものであったと言わ ざるを得ない。手法的な面においては、マグル科学における体系的な実験・検証 手法はまったく採用

    murashit
    murashit 2011/06/29
  • もはや「問題」を描くだけじゃ小説は成り立たないのだろう。 | CUT 2003/12 Book Review

    もはや「問題」を描くだけじゃ小説は成り立たないのだろう。 (『CUT』2004 年 2 月) 山形浩生 ぼくが日にいない間に、なにやらねいちゃんが二人して芥川賞ととったとかで、2ちゃんねる方面では大騒ぎしているようだ。これで芥川賞は終わったとか、あんなのブンガクじゃない、とか、可愛いけりゃいいじゃん、とか、これは実は確信犯的な選出なのだとか。そしてそれを期に、ブンガクって何なのか、みたいな古くさい話がちょっとは蒸し返されたりしているようで、まああと一ヶ月くらいはネタになりそうかな、という気はする。 実は、村上龍が最近になってその手の話をちょっとしているのだ。近刊の『十三歳のハローワーク』は、職業案内書としてはまあまあのできではある。記述の多くはあたりさわりないし、また村上龍のあまりおもしろくない学問のすすめや、大して意味があるとも思えないNGO翼賛はうっとうしいだけなんだけれど、いくつか

  • CUT 2006/03 Book Review

    連載第?回 外部のない閉じた静物画の悲しみについて。 (『CUT』2006 年 3 月) 山形浩生 要約: ウルフの世界は何かが起こる世界ではない。すでに存在する完成された世界を、プローブのような登場人物たちが探索する話である。その世界は確かにきわめて美しい。しかしそれはまた、閉じた牢獄の世界でもある。 ふと気がつくと、きみが読んでいたはまもなく終わろうとしている。何となくきみにはもう、先がわかる。孤島のマッドサイエンティストであるデス博士は死に、魔性の美女は置き去りにされてしまうんだ、と。きみが好きだった登場人物たちはみな死に、あるいは消え、自分から遠いところにいってしまうのだ、と。ページをめくるきみの手が止まる。あんなに楽しかったのに。もう終わってしまうのか。 でもそこでデス博士が出てきて、きみに告げる。そうかもしれないけれど、でもをまた最初から開けば、みんな戻ってくるんだ、と。寸

    murashit
    murashit 2011/06/29
  • CUT 2007/4 Book Review

    連載最終回 アレクサンドリアに別れを告げよう。 (『CUT』2007 年 5 月) 山形浩生 要約:アレクサンドリア四重奏は、客観的には有閑欲求不満マダムの不倫につきあわされる凡庸な作家の自己憐憫小説だが、それを救っているのはこの過剰に華麗な風景とそれを描く文体だ。ダレルはそれが都市に動かされたというのだけれど、実際にその「都市」というのは通常の都市小説的な意味での都市ではなく、むしろ記憶と言いかえるべきものだ。アレクサンドリア四重奏はそこから逃れようとする小説だ。語り手がそれを(いささかとってつけたような形で)果たすのは最終刊だが、書「ジュスティーヌ」の読者はまだそれを見ずにアレクサンドリアを離れることができるのだ。 それは毎回、あらゆる都市に降り立つたびに起こる。飛行機、バス、鉄道、なんでもいい。その都市にたどりつき、乗り物からはじめて地面に足をつけ、ほのかな(あるいはほのかならざる

  • 山形浩生「CUT」書評連載「今月の一冊」まとめ

    CUT 連載書評 CUT はいったいなんでぼくになんかこんな書評を続けさせてくれてるんだろう。渋谷陽一が「死の迷路」訳者解説を見て、こいつはなんか書けそうだと思って依頼してきたのが最初なんだけど、当時は(いまも?)ほとんど実績のなかった人間に、なんと大胆な。 新刊だろうと旧刊だろうと写真集だろうと経済書だろうと、なんでもできるのはホント得難い場ではある。でも、つまんないのが続くと怒られるし(「最近は山下達郎より反響が少ないですよ!」(涙))、しかも途中から吉親子とタメはらなきゃなんないっつー……いつ打ち切りになるかとヒヤヒヤしながら書いてて、先日も「実はこんどから月刊になってコラムを刷新するんですが……」という電話がかかってきて、ああきたか、ついに終わるか、と腹をくくったら「山形さんには続けて書いていただくということで」と続くことになってしまった。なんで?!? 気がつけば、ぼくが CUT

    murashit
    murashit 2011/06/28
    久しぶりにちょぼちょぼ読み返してみたりしていた
  • CUT 1996.10 Book Review さよならレイ・ブラッドベリ――悲しいけれど、ぼくはあなたを卒業していたようです。

    そろそろ夏も終わりかけた週末に、ふと気がつくとぼくはこんなを手にしていた。なぜだかは覚えていない。しばらく前に屋で見かけて、買いなおしたまま会社の机の上に転がしておいたのが、今頃出てきたのだ。 中学生の頃、家の棚にあったこの『たんぽぽのお酒』(晶文社)を読んで、ぼくはそりゃあ幸せだった。レイ・ブラッドベリ。この人の小説は、ある年代以上の SF 読者にとって、甘酸っぱくなつかしいノスタルジーに満ちている。多くの人にとって、ブラッドベリは初めてレトリックの力を教えてくれた作家だ。つまらない、ちょっとした、でも個人的にとても大事なできごとや物やオブセッションを、普遍的な世界に拡張してしまう、あるいはもっと一般的な恐怖に接合してしまう文の力。そして数多いかれの作品のなかでも、この『たんぽぽのお酒』は突出した位置を占めている。 「静かな朝だ。町はまだ闇におおわれて、やすらかにベッドに眠っている

    murashit
    murashit 2011/06/28
  • Slums will (and should) Dissapear.

    特集を読んで:『未来のスラム』は存在しない。 山形浩生 『建築雑誌』(日建築学会)2011年3月号 要約:『建築雑誌』2011/1月号「未来のスラム」特集に対するコメント。スラムは圧倒的だが、それが拡大する一方で共存するしかないという諦念に満ちた特集は残念。実際には、社会が豊かになればスラムは自然に消え、いずれ物珍しさと回顧だけの対象になる。スラム撲滅を目指してそれを実現した先人たちに比べ、そのビジョンも希望も持てない建築家って、情けなさ過ぎ。 途上国の巨大スラムが持つ迫力は圧倒的だ。その惨状と活力の異様な混在を目の当たりにしたときの、途方にくれたような諦念は、ぼくも知っている。 そして「未来のスラム」特集のほとんどの論考も、その諦念の産物だったと思う。未来の都市はスラムに飲み込まれる、共存を図るしかない、と。だが建築の仕事とは、現状のだらしない延長と肯定ではないはずだ。住民にとってはス

  • 経済思想の歴史:トップ

    経済思想史ウェブサイト日語版:new school の HET ページの翻訳。経済思想の歴史について、古代から現代まで情報やリンクを集めたサイトなんめり。学生や素人で、経済学について歴史的な流れを理解したい人たち向けのサイトだが、中身的にはそこらの専門書より視野が広くて高度だったりするぞ。

  • トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』についての読売新聞書評について、… - Irresponsible Rumors 2010

    最近の噂 風の噂ではございますが…… なお、リンクする場合には各コメントの日付のあとにある「id」をクリックすると、そのコメントのユニーク id が url 欄に表示されるぞ。 2010/11 デリーでイタメシをべていたら(もう5日にわたりインド飯ばかりが続いて、さすがに飽きたんだよね)、店内でこてこてのアミターブ・バッチャンのインド映画をやっていて (写真は超お美しいアシュワリー・ライ様なり)、それで店員さんと少し話をするうちに、かのラジーニー「躍るマハラジャ」カントの話になって、かれはすっごい儲けていて出演料はシャルーク・カーンの優に倍、しかも地元では学校や病院や慈善事業を山ほどやっていて、もう神様的な存在だとか(比喩でなく、貧乏人はみんなラジーニー・カントに祈るんだって)。 これはある意味で、所得分配のジニ係数の非常な歪みの反映ではあるんだけれど、一方でラジーニー・カントの所得が平

  • 日本ではだれも気にしていないようだけれど、ケニアはもうとんでもない状態のようだ。 - Irresponsible Rumors 2008

    最近の噂 風の噂ではございますが…… なお、リンクする場合には各コメントの日付のあとにある「id」をクリックすると、そのコメントのユニーク id が url 欄に表示されるぞ。 2008年後半以降 2008/6 今日知った衝撃の映像。風車って、こんな爆発するみたいなすごい壊れ方するのか! その他 YouTubeの関連映像を見ると、どっかがこすれて黒煙をあげて止まってるのとか、結構すごい光景があちこちであるらしい。単純におとなしく止まるだけかと思っていたら、そうじゃないんだなあ。あと、ポールごとぶったおれるというのがあちことで起こってる。 (2008/6/25, id) 安藤忠雄の渋谷の地下駅ってそんなにいいですか? 「これだけ?」感漂いまくってるんですけど。安藤忠雄は東大にも新しい建物を造ったんだが、郷通り沿いにドーンとコンクリうちっぱなしの壁が迫っていて、れんがの塀との対比で監獄めいた

  • 『はだかの王様の経済学』は戦慄すべき本である

    研修資料の余白に:『はだかの王様の経済学』は戦慄すべきである (2008/06/16, 17 日に 注 等細かい加筆, 22日にコメントなど加筆。) 山形浩生 要約:松尾『はだかの王様の経済学』は、解説されている疎外論がひがみ屋の責任転嫁論でしかないうえ、それを根拠づける「来の姿」だの「実感」だのがあまりに恣意的で確認しようがなく、まったく使えない。そして「みんなで決め」ればすべてうまく行くというお花畑な発想は悪質なニュースピークによる詐欺であるばかりか、最後にはポル・ポトまがいの抑圧思想に直結していて戦慄させられる。 目次 序 「設備投資」は「コントロールできない」か? 疎外とはひがみ屋の天国である。 「来の姿」ってだれが決めるの? 市場を超える「話し合い」って? 「みんな」で決めればだれも不満はない? おわりに 稿への反応など 蛇足コメント 1. 序 松尾筺『はだかの王様の経済

    murashit
    murashit 2008/06/17
    面白くて困る/外化・抑圧・みじめ! メソッド
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