日本経済を混乱に陥れた1997年11月の金融危機から20年。未曽有の危機は私たちにどんな教訓を残したのか? また、今の日本経済に危うさはないのか? 5回シリーズで考えます。 4回目は地域金融です。金融危機のあと、大手銀行は経営悪化の元凶である不良債権を処理するとともに、経営基盤を強化するため大規模な合従連衡に踏み切りました。その結果、かつて20行余りあった大手銀行は、三菱UFJ、みずほ、三井住友の3大金融グループを中心に再編され、金融システムは安定を取り戻しています。その一方で、地方銀行や信用金庫などの地域金融機関は、人口減少による地元経済の停滞などで苦境に立たされています。その実情を取材しました。 (経済部記者 甲木智和 札幌局記者 川瀬直子) 「本業」の利益が、過半数の地方銀行で赤字となっている。 金融庁が2017年3月期の決算をもとに分析した結果です。全国に100余りある地方銀行の実
1997年11月、日本経済を混乱に陥れた未曾有の金融危機から20年。今週は、経済史上に残る金融危機が何を教訓として残したのか、今、日本経済に危うさはないのか、5回シリーズで考えます。 当時、経済の根幹である金融システムは「山一証券」や「北海道拓殖銀行」の相次ぐ破綻で大きく揺らぎ、「次に危ない金融機関はどこだ?」「自分の預金は大丈夫なのか?」と、金融機関に対する疑心暗鬼が広がりました。 シリーズ2回目は、その時、証券業界で危機の伝播を食い止めようと奔走した証券大手幹部、そして、なぜ危機を食い止められなかったのか、悔恨の念とともに答えを探し続ける元日銀幹部の2人です。 (経済部記者 大江麻衣子 櫻井亮) 「大和証券グループ本社」の日比野隆司会長。1997年の金融危機の際はまだ40代で、経営の中枢を担う経営企画部門にいました。 当時、証券業界は、総会屋への利益供与事件という前代未聞の大スキャンダ
20年前の1997年11月24日。当時、4大証券とうたわれた山一証券が経営に行き詰まり、自主廃業に追い込まれました。 「社員は悪くありませんから!」 野澤正平社長の涙ながらの記者会見は、今なお鮮烈な記憶を残しています。この年の秋、三洋証券、北海道拓殖銀行、そして、山一証券が相次いで破綻。金融システムが根底から揺らぎ、日本経済は未曾有の危機に陥りました。経済史上に残る金融危機が起きたのです。それから20年。金融危機は私たちに何を教訓として残したのか。今、日本経済に危うさはないのか。5回シリーズで考えます。1回目は、「山一証券破綻の教訓」です。 (経済部記者 小田島拓也、新井 俊毅、おはよう日本部記者 岡部陽介) 11月18日、土曜日。都内のイベント会場に山一証券のOBが集いました。昭和57年入社組が開いた同期会です。当時、30代後半の働き盛りだった世代。ほどなく還暦を迎える年令になった40人
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く