出不精の子供であった。夏休みは「アフタヌーンショー」を見るための日々であった。そんな子供であった。失踪した家族に呼びかける特集、スタジオに殺人現場のセットを組んでの検証etc、稲川淳二の生き人形の語りもこれでみたと記憶する。来る日も来る日もスプライトを飲みながら「アフタヌーンショー」を見ていたのだ。本州のサイハテでは「笑っていいとも」は16時からで、「アフタヌーンショー」は14時からであった。中学にあがり、ホライズンなる教科書で「afternoon」が正午の謂いと知った時は衝撃的であった。呉一郎が九州のキチガイ病院で受けたのと同じくらいの戦慄であった。あれは本来、あなたの知らない世界の裏番組であったのか!と。(嘘だけど) 私の両親は歳の離れた姉たちを育てるので子育てに飽きてしまった。あるいは親、というものを姉たちを育てることで満喫したのかも知れない。一学期の終業式直後の夜、両親と姉たちは映