見え隠れする「私」 作家には、作者の分身を作品に登場させるタイプと、自分の影を消すタイプがいる。 <風景にもすれ違う人にも目を奪われず、自分の姿を絶えず意識しながら歩いてゆく人だった>と、妻の津島美知子が回想した太宰は前者だ。モントリオール映画祭最優秀監督賞に輝いた根岸吉太郎監督の「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」、来年公開の「人間失格」には、太宰の分身・苦悩の人がいる。 推理小説から古代史まで徹底取材し、歴史と社会の闇を追った清張はもとより後者だ。「半生の記」のあとがきで<いわゆる私小説というのは私の体質には合わない>と書いている。 しかし、そう簡単にも割り切れない。太宰は1939年に結婚した後、他人の日記をもとに「女生徒」「正義と微笑」などを創作した。今秋公開の「パンドラの匣」(冨永昌敬監督)の原作も、「木村庄助日誌」をもとにした作品で、結核療養所に入った少年の、死と背中合わせながら希