古本屋には、いろいろな客がやって来る。 こんな客もいたそうだ。 青年は、日に一度は必ず、時には二度も店に来る。 しかし買うことはまれで、買ったとしても安い均一本。少ない給料から本代を捻出するのは翌日の昼食を諦めることにもつながるのだ。だから値引き交渉もする。 ある日、主人は青年を叱る。 「うちも商売でやっているんだからね」 と。 そんなある日、青年は高価な本をカウンターに持ってきた。 主人は驚く。 ・・・そして、9年が過ぎ、主人に一本の電話がある。 ・・・「もしもし、関口さんですか」 夜の九時頃だった。 「はい、関口ですが、どなたですか」 「野呂邦暢(のろ・くにのぶ)です」 「野呂邦暢さんと言うと、今度 『草のつるぎ』 で芥川賞を受賞された方ですね、何かご用でしょうか」・・・(『昔日の客』より) 「関口さん」とは、この古本屋の主人の関口良雄、『昔日の客』の著者だ。かつて関口が叱った青年が芥