三国志の曹操(そうそう)より130年ほど前に生まれた王充(おうじゅう)。後漢の思想家です。当時流行していた天人相関説(てんじんそうかんせつ)(悪政と災害の発生とが関係するというような考え方)などを「そんなのでたらめだ!」とぶった斬った奇書『論衡(ろんこう)』の著者として知られています。そのぶっ飛んだ考え方が曹操にも影響を与えたと言われている王充、いったいどんな人だったのでしょうか。 ※『論衡』は曹操の合理主義と相通じます。曹操が『論衡』を読んだという記録はありませんが、蔡邕(さいゆう)や王朗(おうろう)が読んでいたので、曹操も知っていた可能性が高いとされています。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖