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買ってよかったもの
kamiyamay.exblog.jp
私たちの現代とマルクスの現代とのラディカルな同一。備忘録や雑記。
午後はずっと会議で終るとすぐ2部の時間帯。2部のゼミで卒業延期になった学生が2名研究室を訪ねてきました。各自の履修登録案を見ながら、今年度に卒業するための戦略を検討しつつ、1時間くらい雑談。 「今年卒業しないと親に殺されるんですが、今年卒業できても、結局、『なんで今まで毎年単位を取れなかったの?やればできるじゃない』と逆に怒りを買うんですよ。今年よく頑張って挽回した、とほめられるんじゃなくて」と話してました。 いますよね、過去を上回る現在の努力を認めるのではなくて、過去の努力の足りなさを思い出したように責めだす人。どういう精神構造なのかあまりよくわかりませんけれど。 昨晩たまたまテレビをつけたら、「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK) でスタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫が、正確な発言は忘れましたが、チームの中で1人のおちこぼれもださない、部下に問題児がいたら排除しようとするのは
久々の氷点下の札幌です。 先週の木曜(3/9)の朝に人生について考えてしまいました。そのときのメモです。 --------------- 明け方に見た夢です。 実家の居間に、私は、幼少の頃の甥っ子と二人でいる。幼稚園か小学校入りたてくらいだろうか。 甥っ子は鼻をずるずるしてるし、元気がない。どうしたのだろう。 「熱あるの?」ときくと、 「うん」とあどけなく、うなづく。 「そっかあ・・・毛布もってこようか?そこで寝てる?」とたずねると、また、 「うん」とこっくり。 ソファに横にして毛布を掛けてやると、すぐさま眠ってしまう。 すやすやとねむっているその横で私は本を読んでいる。寝顔をときおりみながら本を読んでいる。 それだけの場面なのに、平凡な幸せの感じがあまりにリアルで、私は夢から覚めると、泣いていました。 というのはウソで、泣きたいような気分だったのでした、というのが正確です。GOING S
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