これまで江戸の市井の人々を登場人物に、心温まる人情物語を紡いできた著者が、初めて実在の人物をモデルにした小説を上梓した。 彼の名は田中芳男。 「日本の博物館の父」と呼ばれ、今も上野に立つ博物館創設に尽力した男の半生を描く。 「以前、ロンドンに住んでいたことがありまして、当時、市内にあるV&A博物館によく通っていたんですね。ロンドン万博に出品された展示物を見ているうちに、江戸時代に海外に来てビックリした日本人がいたに違いない、それも博物館に携わった人はいないだろうか……と探したのが、この小説を書くきっかけになりました。で、パリ万博の派遣団の中に田中芳男の名前が出てきたんです」 物語は天保15(1844)年、長野県飯田城下で幕を開ける。 父親が医師の次男として生まれた芳男は、子供の頃から好奇心が旺盛で、特に石や虫、薬草など“自然”に興味を示した。やがて青年へと成長した芳男は攘夷思想の嵐が吹き始