図書館で奇妙な体験をした。ある資料を閲覧したいと申し出ると、しばらくしてやってきた職員にこう言われた。 「これは、所蔵しているかどうか、お答えしないことになっているんです」 私は新潟県立図書館で、来年の世界文化遺産登録をめざす佐渡金山について調べていた。検索したところ、かつての鉱山会社が提供し…
公文書や古文書を保管する新潟市文書館が、同市北区太田の閉校した小学校の校舎に開館した。市政の検証に役立つ行政文書や郷土の成り立ちを知ることができる資料は約41万点に上る。市民の活用を促そうと、所蔵品を紹介する企画を展示したり、ネット検索システムなどが導入されたりしている。 文書館は今月8日に開館。鉄筋コンクリート3階建ての旧校舎を約2億9千万円をかけて改修、13の収蔵庫を備える。2011年の公文書管理法施行を受けて策定された整備基本計画をもとに、市は21年に公文書管理に関する基本的事項を定めた「市公文書管理条例」を制定。市政を検証するために後世に残すべき重要な公文書のうち、保存期間が満了した行政文書や、個人から寄贈を受けた資料などを「特定歴史公文書」と位置付けて受け入れている。 所蔵品は、明治期の上水道工事の図面や土地の形を記録する「更正図」や新潟地震(1964年)の写真など約41万点。0
県内でラジオ放送を続け、「FMPORT」の愛称で親しまれた民間FM放送局が30日夜、最後の放送を終え、およそ20年の歴史に幕を下ろしました。 「新潟県民エフエム放送」は、県内全域を放送エリアとする独立系の民間FM放送局として平成12年に設立され、「FMPORT」の愛称で長年親しまれてきました。 音楽やスポーツ中継など多岐にわたる番組を自局で制作し、多くのリスナーに愛されてきましたが、スポンサーの不足などを背景に厳しい経営を余儀なくされ、30日夜、最後の放送を終えました。 30日夜は、ラジオ局のそばで最後の放送を聞こうというリスナーが局の近くの歩道などからスタジオの様子を窓越しに見守りました。 午後8時に歴代のナビゲーターらが出演する最後の特別番組が始まるとリスナーの姿が増え始め、時折雨が降る中、数十人のリスナーが3階のスタジオを見上げながらラジオに聞き入っていました。 そして、深夜0時、番
","naka5":"<!-- BFF501 PC記事下(中⑤企画)パーツ=1541 -->","naka6":"<!-- BFF486 PC記事下(中⑥デジ編)パーツ=8826 --><!-- /news/esi/ichikiji/c6/default.htm -->","naka6Sp":"<!-- BFF3053 SP記事下(中⑥デジ編)パーツ=8826 -->","adcreative72":"<!-- BFF920 広告枠)ADCREATIVE-72 こんな特集も -->\n<!-- Ad BGN -->\n<!-- dfptag PC誘導枠5行 ★ここから -->\n<div class=\"p_infeed_list_wrapper\" id=\"p_infeed_list1\">\n <div class=\"p_infeed_list\">\n <div class=\"
新潟市秋葉区の新潟県埋蔵文化財センターで、企画展「佐渡の王」が開かれている。佐渡市の蔵王(ざおう)遺跡で見つかった銅鏡や祭事用の銅製矢じりなど87点の出土品を展示。1700~1800年ほど前のものとみられ、当時の佐渡島に絶大な権力を持つ王がいた可能性を示す貴重な史料だ。 目玉は、支配者の権威を示す円形の銅鏡「内行花文鏡(ないこうかもんきょう)」(直径10・5センチ)。3~4世紀のものとみられ、これほど古い銅鏡は県内でも珍しいという。 近畿地方で見つかったものと酷似した特徴を持つ木製品も発掘され、近畿のヤマト政権と交易を持つほどの力があったとの見方もできるという。職員の春日真実(かすがもとみ)さん(52)は「島外でこれほどまとまった品が展示されるのは初めて」と話している。 8月25日まで、無料。期間中は無休。問い合わせは同館(0250・25・3981)。
新潟大学は、同大学人文学部の橋本博文教授が代表を務める牡丹山諏訪神社古墳発掘調査団がこのほど、同古墳において新潟県最古となる古墳時代中期の鎧を発見したことを発表した。これは古墳時代の鎧としては日本列島最北の出土例となる。 新潟市東区の牡丹山諏 訪神社古墳は、新潟県内で初めて円筒埴輪を伴った古墳として確認されている。2013年にその存在が知られ、2014年以降、新潟大学人文学部考古学研究室を中心にした「牡丹山諏訪神社古墳発掘調査団」によって毎年調査が行われており、本年が第3次調査となった。 今回の調査における最大の成果は、「副葬品」と考えられる鉄製品が確認された点だ。鉄板2枚のそれぞれに円孔を穿ち、そこに革紐を通して綴じ合わせていることが、同大医歯学総合病院診療支援部によるX線撮影により判明したという。これは、新潟県内では南魚沼市飯綱山10号墳の2点の短甲等に次ぐ4例目となる鉄製甲の出土であ
Powered by WordPress ユーザー名またはメールアドレス パスワード ログイン状態を保存する ← 新潟市:旧齋藤家別邸 に戻る
城の山古墳、被葬者は若い人物か 歯を確認 2013年11月28日(最終更新 2013年11月28日 14時10分) 日本海側最北の前期古墳「城の山古墳」=28日午前、新潟県胎内市 新潟県胎内市にある日本海側最北の前期古墳「城の山古墳」(4世紀前半)で、被葬者のものとみられる歯が見つかり、市教育委員会が28日、発表した。 同古墳は副葬品から、大和政権の強い影響を受けていたとみられる。歯を鑑定した奈良貴史新潟医療福祉大教授(自然人類学)は「エナメル質の表面があまりすり減っておらず、若い人物の可能性がある」と指摘。市教委は「若くして地域の代表になり、大和政権に重視されていたとも考えられる」としている。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く