平城京遷都前に都が営まれた奈良県橿原市の藤原宮跡で、天皇が政務を行った大極殿(だいごくでん)跡北側に宮殿を構成した建物の基礎にあたる基壇(きだん)が新たに見つかり、奈良文化財研究所が30日、発表した。2年前に出土した東西方向の回廊に接続し、専門家は天皇が生活する内裏から大極殿に移る際に待機した後殿(こうでん)の跡とみている。 今回の調査で、大極殿とそれを取り巻く区画「藤原宮大極殿院」の建物配置の全容がほぼ判明した。 基壇は土を盛った版築(はんちく)と呼ばれる構造で、全体の規模は東西約50メートル、南北は10メートル以上と推定される。中心部は失われ、調査では東西の両端部が見つかった。このうち西側で大きく残っていた部分は東西約8メートル、南北約4メートル、高さ約50センチ。 奈文研は「回廊が取り付く東西に細長い建物が、基壇の上に存在した可能性がある」と説明。来年度に詳しく調査する方針だが、大極