「少年ジャンプ読めます!! 1冊だけあります」 東日本大震災の直後、仙台市の書店に張られた手書きのメッセージを見て、たくさんの子どもが集まりました。 物流が止まる中、店主が入手した最新号の1冊は、ボロボロになるまで店頭で読まれ、後に“伝説のジャンプ”と呼ばれるようになりました。 被災地の子どもたちに笑顔と安らぎを与えたまちの書店が、惜しまれながら店を閉じたのです。 (仙台放送局記者 吉原実)
大正から昭和にかけて鹿児島県の旧加世田市などを走っていた私鉄の「南薩※鉄道」が廃線になって40年がたったのにあわせて、12日から南さつま市で、運行当時を振り返る企画展が開かれています。 「南薩※鉄道」は、鹿児島県の旧伊集院町から旧加世田市を結んで大正3年に開通しました。 その後、枕崎市までのおよそ50キロの区間などに拡大しました。 沿線の人たちの通勤や通学などに利用され、「南薩※線」として親しまれてきましたが、利用者数が低迷し、昭和59年に廃線になりました。 廃線から40年がたったのにあわせて、12日から南さつま市の市民会館で、「南※薩線」を振り返る企画展が始まりました。 会場には、当時の写真およそ900点のほか、当時使われていたレールなども展示されています。 このうち、列車の写真は、赤い塗装が特徴の車両が当時の加世田駅の周辺を走っている様子が写されています。 南九州市からきた60代の女性
およそ100年前に作られた国産アニメーションのフィルムが見つかりました。当時、歯ブラシなどを販売する日用品メーカーが虫歯予防などの啓発のために制作したもので、専門家は「この時代は現存するフィルムが少なく、当時の国産アニメを知る貴重な手がかりだ」と話しています。 見つかったのは、1923年ごろに国内で制作された「口腔衛生」というタイトルの映画のフィルムで、古いフィルムやレコードなどを収集している東京のNPO法人が個人から寄贈された中に含まれていたということです。 映像はおよそ8分半で、子どもの歯の健康を保つ方法などがアニメーションと実写で紹介され、このうちアニメの部分では、子どもがナイフとフォークを使って食事をする様子や歯磨きをする様子などが、かわいらしい絵柄で描かれています。
JR東日本は、経営効率化のために削減してきた「みどりの窓口」について、削減の方針を凍結することを明らかにしました。繁忙期に激しい混雑が発生しているためで、当面は窓口の数を維持し、繁忙期には臨時の窓口も設けるとしています。 JR東日本は、新型コロナウイルスの影響で厳しい経営が続いていた3年前、対面で切符などを販売する「みどりの窓口」を2025年までに7割削減する方針を示し、集約を進めてきました。 しかし、ことし3月下旬から4月上旬にかけて、一部のみどりの窓口では、定期券を購入する人や、訪日外国人などで激しい混雑が発生し、多くの利用者から苦情が寄せられたということです。 これについてJR東日本の喜勢陽一社長は、8日の定例会見で「お客様に多大なるご迷惑をかけていることを重く受け止めている。深くおわび申し上げる」と謝罪したうえで、削減の方針を凍結することを明らかにしました。 会社では、3年前には4
「この水族館、なんか古いな」 水族館が大好きな小学生の娘と一緒に、とある水族館に足を運んだ時に私の頭をよぎった印象です。 気になって調べてみると、各地の水族館が“老い”という課題に直面している現実が見えてきました。 (おはよう日本記者 高橋謙吾)
少年院を出たあとの更生や就職につなげようと、法務省は今月から全国すべての少年院で通信制の高校に入学できる制度を始めました。小泉法務大臣は円滑な社会復帰に役立つように取り組む考えを示しました。 法務省によりますと、少年院に入所している6割余りが高校を卒業しておらず、そのあとの進学や就職も難しいことから非行を繰り返すケースが多いと指摘されています。 こうした中、法務省は一部の少年院で行ってきた通信制の高校に入学できる制度を、今月から全国すべての少年院に広げることにしました。 一方、全国で唯一、少年刑務所の中にある中学校として知られる長野県松本市の旭町中学校桐分校では今年度、初めて女性の受刑者5人の入学を認めました。 小泉法務大臣は閣議のあと記者団に対し「学力を身につけることは進路や就労の選択の幅を広げる重要な意義がある。円滑な社会復帰に向けて制度が役立つようにフォローしながら取り組んでいきたい
数々の番組で司会を務め、「歴史への招待」では“鈴木講談”とも言われた、よどみない解説が人気を集めたほか、「クイズ面白ゼミナール」では、幅広い知識を生かしながら、柔らかい笑顔とユーモアたっぷりの語り口で番組を進行し、国民的なアナウンサーとしてお茶の間に親しまれました。 また、年末の紅白歌合戦では、白組の司会を3回務め、このうち1984年の紅白では、歌手を引退するとして大トリを務めた都はるみさんに、鈴木さんが「私に1分間時間をください」と語りかけ、アンコールを求めた場面が長く語り継がれました。 アナウンサーとしての経験を生かして、こまやかな心遣いの大切さを記した著作「気くばりのすすめ」は、ベストセラーになったほか、NHKを退職後は、熊本県立劇場や青森県立図書館の館長も務めました。
長年、テレビや舞台などで活躍し、高い演技力で知られた俳優の寺田農(てらだ・みのり)さんが今月14日、肺がんのため亡くなりました。81歳でした。 寺田さんは東京都の出身で、文学座付属の演劇研究所に第一期生として入所し、1961年に舞台でデビューしました。 そして、1968年には、岡本喜八監督の映画「肉弾」で主演し、毎日映画コンクールなどで高い評価を集めました。 高い演技力で活動の場はテレビにも広がり、時代劇をはじめとする数多くのドラマでは悪役としても存在感のある役柄を演じました。 NHKでは、「風と雲と虹と」や「独眼竜政宗」など、数多くの大河ドラマにも出演しています。 また、1986年の宮崎駿監督のアニメ映画「天空の城ラピュタ」では、ムスカ役を演じ、声優としても活躍しました。 所属事務所のホームページによりますと、寺田さんは、今月14日、肺がんのため亡くなったということです。 ホームページで
奈良時代に都の中心だった奈良市の平城宮跡の近くで行われた発掘調査で、聖武天皇の即位に伴う儀式のために全国から届けられた米などの荷札とみられる木簡が大量に見つかりました。 調査した奈良文化財研究所は「儀式の当時の様子を知るための貴重な資料だ」としています。 奈良文化財研究所が奈良市にある平城宮跡の朱雀門の南側の一帯を発掘調査したところ、木の札、木簡が1000点以上まとまって見つかりました。 このうちの一部には▼天皇の即位に伴う儀式、「大嘗祭」を示す「大嘗」と書かれたものや、▼西暦724年を表す「神亀元年」という年号とともに現在の岡山県西部にあたる「備中国」という地名や「米」などの文字が書かれた札もあったということです。 神亀元年は東大寺の大仏造立に携わった聖武天皇が即位した年で、研究所では見つかった木簡は聖武天皇の即位に伴う儀式のために全国から都に届けられた物資の荷札とみられるとしています。
太平洋戦争末期の沖縄戦の混乱で行方がわからなくなっていた、琉球王国の国王の肖像画「御後絵(おごえ)」などが、アメリカ国内で見つかり、沖縄県に引き渡されました。県は、琉球・沖縄の美術史や文化史の研究で重要な手がかりになると期待を寄せています。 沖縄県によりますと、太平洋戦争末期の沖縄戦の混乱で行方がわからなくなっていた、 ▽十三代尚敬王と ▽十八代尚育王の 2点の肖像画が含まれています。 いずれも1メートル60センチ四方の大きさで、▽十三代尚敬王は1817年、▽十八代尚育王は1852年の、琉球王国時代に描かれたとみられています。 県は2001年、アメリカのFBI=連邦捜査局に日本国外に流出したとみられる文化財の捜査を要請していましたが、2023年3月、外務省を通じて、アメリカ国内で22点が発見されたとの連絡があり、14日、県に引き渡されたということです。 琉球王国の国王の肖像画は日本国内で現
5年前(2019年)、滋賀県近江八幡市の川の中で見つかった古墳を県文化財保護協会が調べたところ、およそ1500年前の古墳時代に造られた前方後円墳とみられることが分かりました。 協会は川に沈むなどして消失した遺跡が存在することを物語る貴重な事例としています。 近江八幡市江頭町を流れる日野川の中では、2019年に県が行った調査で▼人工的に土を積み上げた跡や▼1列に並んだ円筒状の埴輪6本が見つかり、県は、中州のような土の盛り上がりは、古墳の可能性があるとしていました。 この場所を、去年10月から先月(2月)にかけて県文化財保護協会が調べたところ、新たに13本の円筒状の埴輪が1列に並んだ状態で見つかりました。 埴輪は5年前に見つかったものと同じ種類で、▼カタカナの「ハ」の字型に並んでいることや、▼焼き方の特徴などから、この古墳はおよそ1500年前の5世紀後半から6世紀前半ごろに造られた前方後円墳と
古代の東アジアで最も長いとされる鉄の剣など、貴重な発見が相次いでいる奈良市にある富雄丸山古墳で、木製のひつぎの中から新たに3枚の鏡などが見つかりました。 このうち1枚は大王クラスの巨大な古墳で見つかっている「三角縁神獣鏡」の可能性があるということで奈良市教育委員会はさらに調査を進めることにしています。 4世紀後半に造られたとされる奈良市の富雄丸山古墳では、▼古代の東アジアで最も長いとされる鉄の剣や、▼盾の形をした国内最大級の青銅製の鏡などの貴重な発見が相次いでいます。 ここで長さ5メートルを超える木製のひつぎも見つかり、奈良市教育委員会が2月上旬から土などを取り除き、中を調べていました。 その結果、▼直径20センチほどの青銅製の円形の鏡3枚のほか、▼「竪櫛」と呼ばれる竹製のくし9点が副葬品として納められていたことがわかりました。 鏡の中の1枚は大王クラスの巨大な古墳で見つかっている「三角縁
1960年代から話題の映画やドラマ、舞台などで活躍し、清純な女性から悪女まで幅広い役柄を演じ分け、人気を集めてきた、俳優の山本陽子さんが、20日、急性心不全のため亡くなりました。81歳でした。 山本陽子さんは東京出身で、1963年に日活のニューフェイスとして芸能活動を始めました。 そのあと、話題の映画やドラマ、舞台などに次々と出演し、清純な女性から悪女まで幅広く演じ分ける高い演技力と清そな顔だちで人気を集めました。 このうち、1982年に放送された民放のドラマ「黒革の手帖」では平凡なOLから銀座のクラブのママにのし上がる悪女を演じて話題を呼んだほか、老舗の漬物店を舞台に親子の絆などを描いた1990年のNHKの連続テレビ小説「京、ふたり」では母親役を演じるなど、数多くのドラマに出演しました。 また、舞台でも長く活躍し、森光子さんの「放浪記」に出演したほか、舞台「おはん」で主役を演じ、1993
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