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お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone そんな気配を感じながら、放射線治療に投薬治療が続く毎日。 ひどく体が痛むときは鎮痛剤の医療用モルヒネを処方され、頭がボゥッとしてしまい意識を保つのも難しい。 ベッドに寝てるだけでも体中が痛い。特に背中の、肩甲骨の間の痛みが日々ひどくなり、痛みに耐えられず、うめき声を上げながら激痛を我慢することが多くなった。 激痛に耐える俺を見てられないのか、看病を続ける良美も、俺が痛みを訴えると看護師に鎮痛剤の処方を頼むことが増えている。 激痛に耐えられず鎮痛剤を処方された午後、微睡まどろみの中で見た夢は、リビングのソファーに座って小さな女の子を膝に乗せ、二人で微笑みながら俺を見ている親父の夢。 微笑む二人と俺の間を、小さな頃から今までの記憶が甦り一気に駆け抜けていく。 「親父!」
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 緩和ケア病棟は、今いる病棟の南側にある。 二つの病棟をつなぐ二階の連絡通路に行くため、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。 扉が閉まると、俺は溢あふれ出る涙を袖口で拭き、大きく溜息をついた。 「なにがなんだか分からない……いったいどうなってるんだ……」 頭が混乱し、状況が把握できないままでいる。自分の体を蝕むしばみはじめた癌も、蛍が死んだという三沢老人の話も、俺の心は受け入れることができない。 頭の中を整理する時間もないまま二階に到着し、エレベーターを降りた。 エレベーターホールから連絡通路へ向かい、二階建ての緩和ケア病棟まで歩いていく。 開放感のある大きな窓から射す明かりに、眩まぶしさを感じながら歩く通路の途中、反対側からくる人と擦れ違うが、放射線治療を受けているの
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone しばらくの間、椅子に座ったまま天井を見ていたが、やはりというか、当然のことだが思考が停止してしまい何も考えることができない。 頭の中にあるのは『死』の文字だけ。 人は誰でも死ぬと分かっていながら、いざ自分の番になると、運命に抗うことができない人間の無力さを思い知らされる。 頭の中にある『死』の文字の周りを、まるでダンスするかの如く過去の出来事が現れては消えていき、やがて頭の中は、暗闇で不気味に光る『死』の一文字だけになった。 崩壊していく感情と停止する思考が、一気に人生を終わらせたくなる衝動に変わりそうになる。 考えられなくなった自分の頭で、おそらく俺は無表情なまま必死に思いを巡らす。突然、残りの人生が三ヶ月と宣告された自分の今後について。そして、俺が死んでからの良
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 道路に出て、車を走らせてから少しすると、やっと緊張から解放され息が整っていく。 ここ最近、自宅で起こる怪異や俺のスマホに自分からのメールが着信するなど、不思議な現象が続いている。もしかしたら、俺が入院してる間も怪異が続き、良美に怖い思いをさせていたかもしれない。 「なあ、俺が入院してる間も家具が揺れたりしてたか?」 「あんなことが起こったの、ダイニングの食器棚が揺れたとき以来よ。テレビや電気が消えるのも、あなたが仕事に行ってるときは一回か二回あっただけ」 「じゃあ、俺が家に帰ってきたら再開したってことか……」 幽霊など信じてないが、現代科学では説明できそうもない現象が我が家で続いている。良美の話では、俺が不在のときは怪現象は一度か二度だけ。そう考えると、この現象は俺
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 駐車場から病院の前を通る道に出ると、東に向かって通勤ラッシュが終わった道路を走る。時間は朝十時過ぎ、交通量は少なく車は快調に走っていく。 やっと退屈な入院生活から解放されたためか、俺は自然と助手席に座る良美に話しかけていた。 「単調で退屈な毎日だったよ。厚生病院で検査結果を聞いて、大したことがなければ明日から仕事に行けるな」 「お父さんも糖尿病だったから、やっぱり糖尿病なのかしら」 「だとしたら、親父のように毎日インスリン注射だ。子供の頃から毎日見てたから、糖尿病じゃないことを祈ってるよ」 そう言って車窓の向こうに連なる雄大な山並みを見ていると、病院で息を引き取ったときの親父の顔が脳裏に浮かんでくると同時に、父が生前言っていた言葉が甦ってくる。 「そういえば、親父は
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone ケースを開きスマホの画面を見ると、電池が残り三十パーセントを切っている。 この先何日かの入院生活を考えて少々焦り、充電用のケーブルを持ってきてくれたか聞いてみた。 「良美、スマホのケーブル持ってきてくれた?」 「引き出しに入れてある」 「よかった、充電しておこう」 サイドテーブルの引き出しを開け、ケーブルを枕元にあるベッド備え付けのコンセントに差し込み、反対側をスマホにつなぐ。 テレビはカードを買わなきゃ見ることができないし、職業柄か本を読む気にもならない。仕事で大量の本を扱ってるためか、最近は雑誌すらも表紙を見ただけで満足してしまう。 俺は充電をはじめたスマホをサイドテーブルに置き、ベッドに寝転んで上を見ると、天井の四角い枠の中に蛍の顔が浮かんでくる。 ここのとこ
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 廊下に出て右に行くと、突き当たって左側にテーブルやベンチが設置されたスペースがある。 その場所に人が多くなかったこともあり、窓際まで点滴をぶら下げたイルリガートルを押していき、ベンチに座って電話をすることにした。 イルリガートルからスマホに持ち替えてベンチに座り、電話帳から店舗の電話番号を探して発信する。 左耳にスマホを当てて待つと、二度コールしただけでスタッフが電話に出た。どうやら、今の時間はそれほど混雑してないようだ。 「お電話ありがとうございます。荒川ブックセンター、高田が承ります」 「お疲れさまです、世良田です」 電話に出たのはパートの高田だった。店長不在時、代行として仕事ができるのは中林と、電話に出た高田だけだ。 周りに人がいることもあり、気を使って小声で
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 「良美、売店で水を買ってきてくれないか」 俺はベッドに横になったまま、クローゼットに荷物を収納している良美に向かって、水を買ってきてくれるよう頼んだ。 昨夜からの水分補給が朝食の味噌汁と水だけのためか、喉が渇いている。水分が足りなくて瞳まで涙が不足しているような感じだ。 本当は冷たいコーヒーでも飲みたいところだが入院した身、ペットボトルの水で我慢することにしよう。 「ちょっと待ってて。着替えをしまい終わったら買ってくるから」 そう言って、良美はテキパキと衣類を片付け、財布を持って病室を出ていった。 今のうちにと思い、イルリガートルを持ってトイレに行き、用を足して病室に戻ると良美が戻ってきている。 「お水、買ってきたわよ。残りは冷蔵庫に入れておくから、喉が渇いたら飲ん
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone ――救急車の通過を知らせる、騒々しいアナウンス。 けたたましく鳴り響くサイレンに叩き起こされて目を開くと、カーテンで仕切られた病室のベッドの上で寝ていた。 (そうだ、店で倒れて入院させられたんだ……) 俺の眠りを覚ましたサイレンが近くで鳴り止んだということは、どうやら朝から急患が病院に運ばれてきたらしい。 ベッドサイドに置いてある腕時計を見れば、まだ朝の六時すぎ。ベッドに腰掛けて背伸びしながら自分の姿を見ると、ワイシャツも着てなくベルトも無い、スラックスに肌着、なぜか靴下を履いたままの姿である。 昨夜は良美とお袋、お義母さんが来た。家を出ていった良美は実家でお義母さんに諭され、蛍に会ってみる気になりはじめたようだったが……。 病室を漂う料理の匂いに腹が刺激されるせい
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 「良美! 脚立きゃたつに上ってくれ!」 一階の屋根に付いている雨樋あまどいを外し終えた俺は、季節外れの大雪で壊れた家の雨樋を修理するため、良美に手伝ってもらって新しい雨樋に交換しようとしていた。屋根に付いていた雨樋は雪の重さに耐えられずに破壊され、一階の屋根の真ん中あたりで半分が砕け落ちてしまったのだ。 ホームセンターで買ってきた雨樋を、脚立に乗った良美に下から支えてもらっている間に、もうひとつの脚立に乗った俺が取り付けてしまう段取りである。 まだ寒い春の青空の下、風に吹かれながら縦に伸びる雨樋にパーツをはめ込み、インパクトドライバーを使って屋根にネジ止めしていると、下から支えていた良美の大声が聞こえてきた。 「あなた! まだ終わらないの!」 良美の両腕に限界がきた
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone ――遠くから聞こえてくるサイレン。頭上に感じる人の気配。体に感じるのは冷たく硬い材質。 なぜか俺は寝ているようだが、動こうとしても体が言うことを聞かず、頭と右肩が痛い。 瞼まぶたを突き破って届く光を認識してゆっくり目を開け周りを見ると、どうも俺が寝ているのは売り場の床の上らしい。心配そうな表情で俺を見下ろす人がたくさんいた。 店のパートたちも、みんな集まって俺を見ている。 「俺、なんで寝てるんだ……?」 さっきまで仕事をしてたのに、なぜ床の上に寝てるのか訳が分からず、頭をもたげて起き上がろうとしたら、パートたちが慌てた様子で俺の体を押さえつけた。 「だめだめ! 動いちゃ!」 「突然倒れたんですよ! 寝ててください!」 凄い剣幕で捲まくし立てるパートたちに気圧けおされ
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 人目に触れないよう店の裏側へ回り、周囲に人がいないことを確かめてから胸のポケットにある煙草とライターを取り出し、左手に持った煙草の先に火を点ける。 ライターを胸のポケットにしまいながら煙を深く吸い込み、吐き出しながら煙草を右手に持ち替えたと同時に、ズボンの左ポケットから携帯灰皿を取り出し、しゃがみ込んだ。 ニコチンが肺から血液に流れ込み、全身の血管が収縮するような感覚。ここ何ヶ月か続いている目眩やだるさも相まって、意識が飛んでいきそうになる。 (最近、蛍が来てないなぁ……) 良美が出ていった日から、どうしたことか蛍も姿を現さない。毎日のように楽しみにしてた娘との会話もできず、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっている。せめて蛍の顔だけでも見れれば、こんな疲れなんか吹っ飛
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 公園を出て丘を降っていくと、下に灯りが見えてくる。 丘の前を通る四車線の道路に立ち並ぶ多数の外灯が、夕暮れが終わろうとしている世界を明るく照らし、道路を幻想的なまでに浮かび上がらせていた。 道路に出ても、家を出たときと同様に、ジョニーは相変わらず俺の横に付いて歩いている。外灯の灯りで金色の眼を光らせるジョニーを見ていると、いつも以上に愛おしさを感じてしまう。 時たま横を歩くジョニーの頭を撫でてやりながらコンビニに向かい、駐車場の隅にあるポールにリードを括り付けて店の中に入った。 やる気のなさそうなアルバイトが突っ立っているレジカウンターの前を通り、入り口の正面奥にある弁当の売り場へ行って生姜焼き弁当を選んでから、ついでに冷蔵ケースから缶ビールを手に取ってレジに向かう
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 一階に降り、玄関を出て庭の奥にある犬小屋が目に入った途端、昨夜からジョニーに餌えさを与えてないことに気づき、慌てて容器を持ってドッグフードストッカーへ小走りに駆けていく。 容器いっぱいにドッグフードを取り出し、ジョニーの元へ行き小さく声を掛けた。 「ごめんな、ジョニー」 クゥ~ン、クゥ~ンと鳴くジョニーに餌を与えると、ジョニーは勢いよく食べはじめる。庭にある散水用の水道で水を汲くんで、ドッグフードを入れた容器の隣に置いた。 そういえば、ジョニーを散歩にも連れてってない。これじゃあジョニーがかわいそうだ。餌を食べ終わるまで待って、コンビニに行きがてら散歩に連れて行こう。 尻尾を振りながらドッグフードを食べるジョニーを見つめ、楽しかった日々の生活を思い出す。良美と出会っ
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 「せい!」 「どりゃあ~っ!」 寿司怒雷武で瀕死状態になりながら料理修行を開始したヘンタイロス同様、ベラマッチャも舐め犬店「ドッグファイト」で体力の限界を感じる毎日を過ごしていた。 同じ部屋に住むヒールの舐め犬、タイガー・ジェット・チンとキラー・トーア・オマタに誘われ、スモウ・レスラー出身の舐め犬同士で、毎朝、中庭に集まりスモウの稽古に励み体力作りに勤しんだのだ。 プロのスモウ・レスラーの激しい稽古に、小柄なベラマッチャは最初の頃はついていけなかったが、半年、一年と稽古するうち、彼らと互角にスパーリングできるようになっていった。 「打撃から入り、相手の重心を崩して投げ技に持ち込み、寝技で関節を極めるスタイルを確立したほうがいい」 小柄なベラマッチャのスモウを見たジャ
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone スマホを枕元に置き、目を閉じてもの思いに耽ると、俺の脳裏に良美の顔と蛍の顔が同時に浮かんでは消えていく。良美は帰ってきてくれるのか、そのことでメシも喉を通らず、憔悴する俺の姿を見た蛍はなんて言うのだろうか。 開け放った窓からは小鳥のさえずりと羽ばたく音が聞こえ、どんより曇った空の下を飛び回っている様子がうかがえる。 目を開き、天井の丸いシーリングライトに家族三人で楽しく過ごす日々を映しながら一時間ほど寝転がったままでいると、お義母さんに夫婦喧嘩のことを話して少しホッとしたためなのか、急に食欲が湧いてきた。 (メシを食うか……) ベッドから起き上がって一階のダイニングへ行き、冷蔵庫に入れてあった夕べのオムライスを電子レンジで温めていると、昨夜の食器棚の怪異が甦ってくる
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 良美が家を出ていった事実を受け入れられず、俺は唇を歪めながら右手に持ったメモをクシャクシャに丸め、ゴミ箱めがけておもいっきり投げ捨てた。 病院にいたときから腹が鳴っており、体は食事を求めているものの心が受け付けてくれない。昨夜、食べずに残してある夕食が冷蔵庫に入っているが、食べずに自分の部屋へ行こう。メシは食いたくなったら食えばいい。冷蔵庫の中に入れてあれば、一日くらい置いといても大丈夫だろう。 自室へ向かい、窓を開けて枕元にスマホを置き、ベッドに寝転んだ。 良美の実家へ迎えに行こうか、それとも電話して、お義母さんと話をしようか考えるものの、どちらとも決めかねて時間だけが過ぎていく。 もうすぐ六月、気温はぐんぐん上昇し雨の日も多くなり湿度も上昇してきている。 額に汗
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone ずらりと並んだガキども 希望するのは自由への旅 独裁者を蹴散らすために 仲間を集めフォーメーションを整える 理不尽に押し付けられるものは力づくで排除 そのための破壊と暴行は正当な権利の行使 だけど暴力と破壊で法を倒しても俺の心には響かない あいにく俺はニヒリストなんでね 気に入らねえのさ その女の陰に隠れて金を数えてる赤い服の奴が 結局お前は操り人形 気付かず誰かに踊らされてるだけ 世界で最悪の殺人者は光を見た者たち 赤い服の連中のことさ そんなことも分からない奴に興味はないね 俺は笑って見させてもらうぜ ずらりと並んだガキども 見るのは若者たちの夢 希望ある未来を目指し 学校も行かずフォーメーションを整える 壊されていく環境を守るため 罵声と恐喝は正当な権利の行使
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 昨日の、希望が少しだけ混じった想像が不可思議な現象と共に絶望に変わり、奈落の底に叩き落されたまま床に就いたが、良美と蛍のことを考えているうちに寝てしまったようだ。 朝の光と小鳥のさえずりで目を覚まし、リビングへ行ってみるものの良美は起きてない。あたりまえだ、夕べ大声で俺を罵り、涙を流しながら自室に籠ってしまったのだから。 誰もいないリビングで深い溜息をつき、下を向いたまま出かける支度をして車に乗り込み、晴れた空の下、病院へ向け出発した。 家の東にある病院へ向かうため車を運転する俺の目に、朝日が容赦なく襲いかかる。 舌打ちしながらバイザーを下して運転するが、車の方向が少し変わっただけで右から左から凶暴な日差しが車内に飛び込み、病院へ着くまでの間、気分が落ち込んでいる俺
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 「よく聞いてくれ……」 バクバクと破裂しそうなほど高鳴る心臓。慎重に、言葉を選びながら覚悟を決めて口を開く。 「お前と知り合う前のことだけど、若いころ付き合ってた人との間に子供がいることが分かったんだ……」 言い終わったときには、いや、喋ってる途中から、俺は良美の目を見ることができず下を向いていた。あたりまえだ。結婚して二十四年、今さら子供がいたなんて堂々と言える話じゃない。 僅かに沈黙が続き、おそるおそる顔を上げて良美を見ると、ポカンとした顔がみるみるうちに紅潮し、徐々に怒りの表情に変わってきた。 「どういうこと……? 子供がいたなんて聞いてない……。今まで嘘をついてたの! 私をだまして結婚するなんて!」 両肩を震わせ大声をあげる良美の眼から涙が溢れて頬を伝い、顔
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 俺の腕の中で震える良美に目をやり、次いで食器棚に視線を移すと、揺れる食器棚の中に置いてある皿がガチャガチャ音を立てて上下に振動している。 「ちょっと……なんなのよ、これ……」 「どうなってるんだ……」 愕然とする俺たちの目の前で皿の揺れは大きくなっていき、やがてガチャン、ガチャンと音を立てながら食器棚から落ちていく。しかも、床の上では割れた皿まで動きを止めないのだ。 床に落ちて砕けた皿は揺れるのを止めたかと思うと、今度は破片がくるくる回転したり広がったり集まったりしている。 「ポルターガイスト現象……」 昔読んだ、つのだじろうの心霊マンガを思い出して思わず呟いた。 事実、これはポルターガイスト現象としか思えない。そうじゃなければ、これをどう説明すればいいんだ。食器棚
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone まるでシャワーのように道路に降り注ぐ光。 その光のシャワーを浴びながら良美に蛍のことをどう話そうか思い巡らせていると、すんなりと良美が受け入れてくれるのではないかという都合の良い考えが、まるで黒い下水のように胸の中を流れていく。 心に狼の毛皮を被せ、用心しながら良美に話さなければ最悪の事態に陥るはずだ。 自宅に到着し、車を降りて玄関のドアを開ける前に深呼吸して心を整える。 ――蛍のためだ。子供がいたことを、良美にきちんと話そう。言わなければ良美に対しても蛍に対してもフェアじゃない。 「ただいま」 ハードコアビートのように高鳴る心臓の上に右手を軽く置き、玄関のドアを開けて良美が顔を出すのを待っていると奥から足音が近づき、玄関に良美が顔を出した。 「お帰りなさい。あら、
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 「うぅっ……」 ヘンタイロスは絶句した! なんと、自身が切り分けたネタとアヘイジが切り分けたネタの味が違うのだ! 驚きのあまり声が出ないヘンタイロスを見て、アヘイジはニヤリと笑って理由を説明しはじめた。 「兄ちゃん、包丁はノコギリじゃねえ。何度も押したり引いたりして切っちゃあ細胞が潰れて味が落ちちまう。包丁は引いて使い一度で切る、これが職人の技よ」 「しょ……職人の技……」 職人の技、その神髄はスピードにあり! アヘイジが言わんとするところを悟ったヘンタイロスは生唾を飲み、震える手で自ら寿司怒雷武のスイッチに手をかけた。 「アァッバァバァパパパッバァッ~! ブブブブ……ボォッポオォ~ッ!」 過酷な料理修行を覚悟して自らスイッチを入れたヘンタイロスの髪は逆立ち、体から
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 翌朝、目を覚まして出社したものの、どうやって蛍のことを話そうか頭がいっぱいで仕事が手につかない。大事な話だし繊細な事柄なので、良美を怒らせないよう慎重に事を進ませたい。 昼休みに健康診断を受けた病院へ電話し、糖尿病検査の予約を入れて仕事に戻った。 検査予約は明日に入れてもらえたものの、今度はもうひとつの気になっていることに気を取られている。眼に涙を浮かべて夕闇の中を走り去った蛍のことが心配だが、さすがに今日は来そうにない。それでも蛍が来るかもしれないと思い、入口の方を見てしまう。 まるで自分の心のように曇った空模様、その空を見ながら入店客を気にし、風に揺れる樹木の枝にも蛍が来たかと反応してしまう自分がいる。そんな自分が馬鹿馬鹿しくなり、仕事に集中して定時に帰ることに
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 日本一暑くなる街の近くに住んでるためか、夏が嫌いである。だいたい、天気予報で関東最高気温を記録した街を見ると、毎日のように熊谷市だ。「あついぞ! 熊谷!」などと街おこしに利用している場合ではない。本当に暑いのだ。 熊谷が最高気温を記録しない日は、鳩山町だの寄居町、館林市、伊勢崎市などと我が家周辺市町村が最高気温を記録しやがる。 熊谷市が日本最高気温を更新した日も我が家は熊谷気象観測所より気温が高かったくらいだから、我が地元に観測所があったら暑さ日本一になってたかもしれない。 「こんな毎日じゃ死んでしまう!」 公休が余ってるから年末までに消化しろと言われてる俺は、あまりの暑さのため秩父の山の中にある滝に涼みに行くことにした。 家から四十分くらいで行ける「秩父華厳の滝」
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 昨日に続いての自分で自分に送信しているメールに驚き、メールを確認すると、やっぱりタイトルも本文もない。 なぜこんなメールが着信するのか考えていると、キッチンから良美が話しかけてきた。 「健康診断の結果が届いたから、部屋の机の上に置いといたわよ」 洗い物をしている良美の声で我に返り、分かったとだけ返事をしてスマホを手に部屋へ向かった。 部屋へ戻ると机の上に封筒が置いてある。 引き出しからペーパーナイフを取り出して封筒を開け、健診結果を確認すると「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」と血糖値が上昇しており、糖尿病の疑いがあるため検査するよう書かれていた。 (まいったな……) 最近、倦怠感が強くなって食欲も落ちており、背中に痛みを覚える日が多い。それに死んだ父親が糖尿
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone あの水晶のチョーカーは今でも身に付けている。良美の手前、名前を彫ったタグは取ってしまったが、俺が気に入って作ったんだし毎朝身に付けることが習慣化してしまっていた。 右手で涙を拭いながら立ち上がり、夕闇の中を駐車場まで歩き、車に乗り込んでエンジンをかけるも涙が止まらず、なかなか出発できない。 下を向いて涙を流し、しばらくしてから発車したが、どこをどう走ったのか、気が付けば家に着いていた。 「ただいま」 車を降りて玄関を開けると、いつものように良美が笑顔で出迎えてくれる。 「お帰りなさい。あら、どうしたの? 目が真っ赤だけど……」 良美に指摘された俺は、咄嗟に嘘をついた。 「あぁ、駐車場掃除をしてたら目にゴミが入って、手で擦っちゃったんだ」 「だめよ、手で擦っちゃ。目薬
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone ――お父さん? なに言ってるんだ、この娘は……。 突然の事で頭が混乱して言葉が出てこない。あたりまえだ、俺に子供はいないんだから。 もしかしたら、この娘は頭がおかしいのかもしれない。いや、ひょっとしたら新手の詐欺なのか? 絶句したまま蛍の顔を見つめていると、彼女は俺の眼を見つめたまま言葉を続けた。 「私、ずっと一人だったし、私のお父さんはどんな人なんだろうって、いつも想像してたの。でも、おじいちゃんが、お父さんはここで働いてるって教えてくれたから会いに来ちゃった」 そう言って、蛍は肩に下げているポシェットから何か取り、俺の前に差し出した。 「明子……」 蛍が俺に見せた写真には、俺が二十三歳のとき付き合っていた彼女、町田明子が映っている。 明子が妊娠してたなんて聞いて
お知らせ 第4回ツギクル小説大賞で、当サイトの作品「夢幻の旅」が奨励賞を受賞しました。 管理人:Inazuma Ramone 蛍は女性誌を一冊抱えてニコニコ微笑みながら、顔を向けただけの俺を見つめている。 一瞬ドキリとし、抱きしめてしまいたい衝動に駆られるものの、なぜか同時に罪悪感が沸き起こり、一歩踏み出そうとした足が止まった。 「雑誌を買いに来ました! 今日は仕事が終わるの、何時ですか?」 元気な声で喋る蛍を見ながら右手に持っている本をカートに置き、蛍に向き直ってから答えた。 「あぁ……仕事は五時くらいに終わるかな。蛍ちゃんは今日暇なの?」 「今日は何も予定がないんです。五時に来ればお話しできますね」 「話か……じゃあ、店の横の小川で待ってるよ」 「分かりました。また来ます」 そう言うと蛍は雑誌を抱えたままレジへと歩いていった。 彼女の後姿を眺める自分の顔が、いつの間にか笑顔になっている
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