あなたにとっての開高健のベストワンは?・・と問われれば、その答えの多くは「夏の闇」ということになるのだろうか。 生涯の友人だった向井敏、谷沢永一も「夏の闇」だという。 当の開高自身、〈ずばり先生の厖大(ぼうだい)なる著作の中で一冊、何を推薦しますか〉という読者からの質問に、こう返答している。 〈朝読むなら、「流亡記」、夜読むなら「夏の闇」〉と(「流亡記」は、万里の長城に材を採った初期の短篇)。 「夏の闇」は、「輝ける闇」につづく〈闇シリーズ〉の二作目になる長篇で、昭和46(1971)年に発表された。「輝ける闇」の三年後である。 「ヴェトナム戦争で信ずべき自己を見失った主人公は、ただひたすら眠り、貪欲に食い、繰り返し性に溺れる嫌悪の日々をおくる・・が、ある朝、女と別れ、ヴェトナムの戦場に回帰する」(と、新潮文庫のコピーにある)物語が、「夏の闇」である。 この小説の主人公は〈私〉と表記され、ヒ