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ドラクエ3
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そういえば、青木ヨーマ論をキチンと書いた事無かったなーと思ったので、やってみます。例によって、キチンとでなく即興だけれども。 ヨーマさんの音楽は、とりあえず聴くと、自分の中では、ほぼ最高値に近いものが得られるものがあります。一言、天才とすら思う。でも、足りないものはびしばしと感じる。そのへんで色々と思うところは出てきました。 最高値と言っても、それがハロプロやperfumeと比べて、優れているか?というとトータルとしては、やはり、否と言わざるを得ません。そのへんもまた色々と思うところは出て来るポイントではあります。 そこが否じゃなければ、多くの人にもっともっと伝わると思います。では、その否じゃない状態をどう創るのかは一つ課題です。それがインディーズで出来るのかどうか。ではなく、やる!にしないといけない。 その際にプロダクションを誰かに固めてもらうというのは一個ある。いわゆるプロとい
梅ラボさんの絵を見ても、デジタル出力の絵の取扱いについては難しいなーと感じた。単純になんというか、出力には力がない。思ってた以上に無いと思った。ペインティングに比べると、そこに絵がある事すら、うっすらとしてしか検知できないような儚さ。弱いなって思っちゃう。 その力のなさ故のフラット感は表現に使えそうだけど、そういうのはポスター表現とかが手を変え品を変えやっている事なので、それをことさらアート側が追うのもどうなんだろう。梅ラボさんの絵もポスターみたいに枠があって、その中でパチッと決まってる方が、よりすげーって思えるのかもしれないし。少なくとも、自分は梅ラボさんの展覧会かなんかの写真をネットで見た時は、すげー!見に行きてえ!!と思ったんだけど、カオスラウンジで実際見たら、ほとんど感動が無かったので、それは意外だ。それはキュレーションの問題なのかもしれないけど、やっぱり、手描きかどうかの問題はあ
〜21世紀創作の現在 A Happy New Creation〜 世界は思った通りにしか動かない はじめに 第一部:序論 創作の基本 i> o> >I 創作のネットワーク化 21世紀の創作環境〜インターネットとマルチメディア機器〜 創作のシステム化 第二部:各論 第1章 モチーフ 資源(リソース) 時間 動機(モチベーション) 文脈 偶然性 資本 地域性(コミュニティ) 第二部:各論 第2章 コスト 知性/批評性 イメージ メンタル 身体性 ジャンル 固有性 関係性 アイデア 付録:ナガモト「くりっぷ」 第三部:総論 創作の未来 新しさ 経路 ハロー!プロジェクト 21世紀創作の現在 21世紀創作の未来 付録:奈良美智+graf「AtoZ展」 あとがき ※各項目は、全
■[21世紀メモ]姿勢(アティチュード)(2) しかしながら、21世紀に入ってマルチメディア環境が整ってしまった。この事はアティチュードの示し方を根本から覆す可能性を秘めている。マルチメディア環境は、浸透していけば、ジャンルのフラット化を産むのではないか?安室の受容は曲だけか?唄や踊りだけか?そうではなくて、安室の受容においては、安室のライフスタイルの方が今や重要になっている気がする。気がするだけで調べてないので確定ではないが、そう見えるので、そう考えてみる。 最近の娘。と昔の娘。の違いは何かといえば、楽曲だけでなく、生写真とか写真集を売っている事だろう。これは宝塚とか、歌舞伎系な、むしろオールドスクールな日本文化に類似しているが、そこと何かが変わっただろうか。 アーティストやスポーツ選手といった送り手の写真をファンが持つ事は自然なことで、自分の部屋にもカープの前田の写真とか飾ってある。
21世紀創作を考えたところ、ハロプロ創作の構造が大体見えてきた気がするので、この際、自分に見えるハロプロの図を書いておきます。ハロプロ創作という言葉もどうかと思いますが、他に思いつかなかったので、そんな感じの表現で。とりあえず、模式図を書いてみたので、あげておきます。 基本的に楽曲はベースとして存在していて、ダンスや唄もそれに付随しているものとして存在しているというのが自分の見方です。これが基本のものとしてあるというか、通常はこの部分を創作と呼ぶはずですが、ハロプロが特異なのは、これがベースでしかなく、この部分が歌い手というか、パフォーマーと切り離されて存在しているという事でしょう。なので、パフォーマーは代替が効きます。効くはずです。なっちでなく、久住がラブマを歌うことが出来ますし。めーぐるがいなくても、愛理がいなくなっても、℃-uteがまっさらブルージーンズをやる事に問題は起こらないで
こういう思いつきでやってる事は、パッとやって、パッと終わらせてしまおう!とか思いたったので、引き続き。 基本的に、21世紀になって、劇的に変わったのはインターネットインフラの存在だとして、それが何を劇的に変えたかというと、アーカイヴスの存在です。これは、より正確に言うと、ディジタルメディアがアーカイヴスの状況を変えたのですが、21世紀になってからの、ディジタルによる無限複製とインターネットによる無限拡張メディアの普及と、メジャー各社による新規商売との食い合わせの悪さはいかんともしがたいところがあり、メジャーがそれを阻止すべく、ディジタルによる自然な流れを破壊してまで、自分達の送り出す新規市場の維持を優先させようとしてるのはインターネットな皆さんには周知の通りでしょう。(個人的には、これはメジャー各社の言い分にも、ある程度、理はあるのではないかと思いますが) しかし、そんなものは、YOU T
感動的なちなこ。感動的な雅。感動的な友理奈。感動的な舞波。感動的なマーサ。感動的なりしゃこ。感動的な清水。感動的な桃子。それがベリーズ工房。ザッツオーライ?アーユーレディ? というわけで、id:skznightさん、id:degmzongoさん、id:yomayomaさん、大変お待たせしました!!かねてより制作中の「オルタナつうしんクロニクル」が遂に完成しました。ぱちぱちぱち。 http://homepage3.nifty.com/altateam/orutuu.pdf 上のpdfファイルから一応、読めます。ちょっとサイズがデカすぎて読みにくいのですが、パッケージで保存の方が良いんでしょうか?軽く読める方法あったら教えてください。とりあえず暫定で。あとで製本もする予定ですが、そっちは未定という事で。すいません。内容も予告とちょっと違ってたり。と、そんなわけで、あと、よかったら、id:mi
49回目。コネクトの会議をやろうと思っていましたが、もうちょっと前提条件を考えてみたいので、通常通りの更新を行います。まあ、創作についての事なので、レーベルでも、コネクトでも、どっちでもいいんですが、とりあえず。 で、0年代の創作、或いは21世紀、或いはインターネット時代の創作を考えるにつけ、創作を媒介として「しあわせ」というのを創りだす事を前提に考えるべきだろうなどという事を漠然と思いました。これは、もちろん、定義が難しいですが、ある程度のイメージとしては、前回書いた「充足感」を人生に組み込む装置として創作というのはアリではないか?というか、より具体的に書くと、創作者の肯定理由としては重要だろうと。 これは、ある程度、ベーシックインカムなどが議論される程度には、日本も豊かになってきたんだろうし。豊かなイメージを肯定していくべきだろう、などという背景を踏まえての話になるかと思いますが、「娯
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