不易流行とは俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の中で見出した蕉風俳諧の理念の一つです。 芭蕉の俳論をまとめた書物『去来抄』では、不易流行について、以下のように書かれています。 「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」 去来抄 噛み砕いて言うと、 「良い俳句が作りたかったら、まずは普遍的な俳句の基礎をちゃんと学ぼう。でも、時代の変化に沿った新しさも追い求めないと、陳腐でツマラナイ句しか作れなくなるので、気を付けよう」 ということです。 例えば、明治時代に正岡子規は、江戸時代以来の陳腐な俳句を月並み句として批判し、俳句の革新を成し遂げましたが、彼はいきなり新しい句を作ったのではありません。正岡子規の初期の作品は、彼が否定した月並み句そのまんまです。 子規はこれに満足せず、俳句のすべてを学ぶために、その歴史をたどって、俳句分類の作業を行ないました。 このことがきっかけで、子規