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レイングッズ
hige-gun.hatenadiary.org
テーマを決めつつ、TRPG論を述べていますが、早くもネタぎれです(死) 思いつきもしないので、ここは優しい読者様がお題を出してくれることに期待するしか……! と、冗談はさておいて、今回はステージという概念と、その歴史について私見を述べたいと思います。 ここで、改めてステージとはなにかを説明いたしますれば……。 ステージとは、そのセッション舞台、すなわちPCの活動範囲を示します。 ステージという名前によって概念が定義されたのは、《ダブルクロス》1版が最初であり、現在では《デモンパラサイト》《アルシャード》などに採用されるようになりました。 《ガープス》の《ルナル》や《妖魔夜行》など、汎用システムのサプリメントなども、これにあたるでしょう。 ワシの知る限り、ステージに関しては2つの誤解があるように思います。 1つは、ステージが新しい概念であるという誤解。 もう1つは、ステージが参加者の想像力を
この記事では、何の予備知識もない状態から、運用可能なシナリオを作れる方法を紹介していきます。 【まずはアイデアから】 まずは、シナリオの根本であるアイデアを考えましょう。 ここでいうアイデアは、シナリオ全体のシチュエーションであったり、重要な人物であったり、キーアイテムです。 つまりは、シナリオで必ず使う要素のことですね。 この記事の趣旨から考えて、ここは自身の体験をアイデアにしたほうがいいでしょう。 予備知識もアイデアもない、という前提ですからね。 現実の体験を元にする際に大事なことは、“極端にデフォルメする”“成功談ではなく失敗談を元にする”ということです。 実例を挙げるために、ワシの体験を元に作っていきます。 ワシは現在、通院しているのですが、体調が悪かったり通院日の前日にかぎって眠れなかったりと、なかなか予約日に通院できていません。 で、これをシナリオのアイデアとして使う際には、も
TRPG論考を読んでてティンときたので、さっそく記録。 セッションをしていて時々不都合に思うのが、「たいていの事件は1日で解決してしまう」ことと「情報収集苦手な人は空気になる」こと。 情報収集苦手な人の空気化が不都合なのは当たり前として。 なんで1日で解決されるのが不都合かというと、「〇日後に××が起きる」みたいなイベントが無駄になるからだ。 前倒しでやると、話がおかしくなる場合がある。 だからといって、「GMが何日経った」と言うのも拙い。 今の情報判定の方法(特にFEAR式)だと、判定値が高いキャラがいれば、判定1回で全て公開されてしまう。 となると、「判定1回につき1シーン消費」と単位時間を設けても、時間を稼ぐには情報量そのものを多くする必要がある。 が、そうやってシナリオの要点を増やしていくと、今度は情報量が多すぎて複雑化する。 以上のような理由もあり、イベント間に時間の開きがあるシ
TRPGの作法について、あちこちで様々な論考や論議がされていることは、少しTRPG記事を検索した人なら、理解していただけると思います。 ある行動が正しいか間違っているかは、TPOによって変化しているため一概には言えないのですが、たった一つだけ、確実にやってはいけないことがあると考えています。 それは、『変な意地を張ってはならない』ということ。 特にアドリブで何かを処理したり、話を進める際には 決して 絶対 何がどうなっても やってはいけません。 セッション中のルールの過度な議論も含まれます。 これはPLはもちろんですが、GMは特にです。 変な意地を張って失敗した実例は、公式リプレイなどでもいくつか載っています。 ……まあ、ほとんど清松みゆきさんGMのリプレイなのですが(爆) 氏の著作で言うなら、たとえば旧ソードワールドリプレイ第三部の1話目。 PCたちが事件の全貌を見抜き、戦闘無しで解決し
《ソードワールド2.0》のレポート漫画を読んでて、ふと思った。 「そうか、ソードワールドにはスリルがあるのか」 というのも、ここしばらくはデモパラにしか触れてなかったこともあり、どうも安定し過ぎているような気がしていたわけだ。 もちろん安定しているのは、いいことだ。 ただ、少しばかり収まりが良過ぎるようにも思う。 もっとサイコロの目ひとつでセッションがどうにかなるような……たとえそれでPC全滅でも笑って「惜しかったねー」などと言える気軽さというか。 ワシが今、セッションの現場から離れているせいもあってか、わりとうまくいかない(PLやGMの思惑通りのハッピーエンドにならない)セッションも面白いと感じるようになっている。 やり直しできないのがTRPGで、だからこそひとつひとつの事に真剣に向き合えるのがTRPGのよさだと個人的に思っているんだけども。 時代や世代が進んで、振り直しとか神業のような
ハンドアウトを嫌がる人の中に、ハンドアウトの内容に絶対従わなければならない、という誤解があるように思う。 ハンドアウト、ハンドアウトと言うが、実際は口頭での打ち合わせやすり合わせに+αしたものだ。 内容に絶対に従わなければならないのなら、それは命令であって、ハンドアウトではない。 ハンドアウトはあくまでも、「こうしたいんだけど」というGMの語りかけを書いたもの。 打ち合わせの、あくまで語りかけ、きっかけにすぎない。 だから、内容に不満があるなら、それをGMに相談すればいいだけだ。 きっと精一杯対応してくれるはずだ。 GMもPLも、『参加者全員で楽しむ』という、TRPGの大前提は踏まえているはずだから。 むしろPLから意見を出すのは、GMにとっては願ったり叶ったりのはず。 あなたは嫌なハンドアウトを見た時、ちゃんと意見を言えているだろうか? GMは可能なかぎり、対応しようとしてくれているだろ
最近、MIXI内のTRPGコミュにて、ハンドアウトについての議論が盛んだ。 ワシとしては、ハンドアウトは内容もルールとしても、絶対ではないと考えてる。 だから使いたくなければ、使わないでいいと思うのだ。 けっきょく、ハンドアウトはGMが「こういう傾向の話をしたいです」という、意思表示のツールでしかないのだし。 使わないでも楽しめるんなら、それでいいんじゃない? 現に、ワシのサークルでもハンドアウトは極力使わずに、PCの設定を生かしたシナリオを展開するマスタリングが主流のようだし。 まぁ、現場には立ち会ってないから、確認はしてない。 正直な話、わりとストーリー展開を作っちゃうワシとしては、やりにくいスタイルだ。 やれないことはないが、アドリブや予定変更が苦手なので、矛盾が出たり、整合性がつかなくなることが多い。 だから、と言うわけではないが、ハンドアウト等のツールを使わずにセッションに入る場
前回に続いて、TRPGに関する持論…というか愚考を書きます。 いや、《マイメリ》がなかなか進まなくて…(爆) 今回のテーマはタイトルの通りです。 たまに上級者の定義うんぬんで論議がなされている時がありますが、けっきょく上級者って他の人の成長を手助けできる人を指すと思うんです。 多くのTRPGユーザーは、もっとユーザーを増やしていろんな人と遊びたいと思っているわけですよね。 …そうですよね? そういうことにして話を進めますよ?(笑) それで、初心者に一回参加してもらう。 それは今でもなんとかなると思うんですが、問題はその後の『TRPGをもっと楽しむべく、技術の向上や研究して上達を目指す』人を増やしたり、手助けできる人や環境が少ないことだと思うんです。 継続して遊ぶ人がいないと、ブームが過ぎると廃れちゃうから、わりと重大な問題のはずなのに、みんなアプローチしようとしてないように見えます。 個人
他のサイトを回っていると、FEARシステムに対する批判を見掛ける時がある。 曰く「PLがCRPGの感覚でプレイされて困る」 曰く「FEARゲーで入ったPLが受け身ばかりで、自分から行動しない」 曰く「FEARシステムはPLを信用していない」 たしかに。 それはその通りと言え、彼らの理論に指摘したり否定することはしない。 また、その余地もない。 だが。 なぜFEARシステムが確立されたのか、その理由について考えた時に、こんな仮説は成り立たないだろうか? 『FEARシステムは、PLやGMを救済するために生まれる必然のあったシステムである』 …と。 前の日記にも書いたと思うけれど、シーン制やシーンPL制、ハンドアウトなどがTRPGに導入される前はワシのようなPLは本当に苦労していた。 なにせ1〜3人のベテランが話を進めるから、ワシが口を出す隙なんかない。 利害に反してるわけでもないので、口を出す
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